夜風に当たりたいと思い、ベランダに出ようと掃き出し窓に手を掛けると、ガラスの隅にシールが貼られていることに気付く。
 いつかのゲームセンターで撮ったプリクラの写真だった。
 僕とユリナの頭には英国紳士の被りそうなハット、胸には蝶ネクタイ、手には黒いステッキが落書きで書かれており、当時の楽しい情景が蘇ってくるようだった。
 美化効果によってユリナは大人っぽい女の子に変貌していたが、僕の場合中途半端な女装をした不思議な少年になっていた。
 彼女に振り回されながらもあれはあれで楽しかったなと、思わず笑みがこぼれる。
 窓を開きサンダルをつっかけて外に出て、手摺に頬杖を突き夜空に広がる星空を眺める。
 本来ならここで煙草とお酒が欲しい所だが、最後の日にユリナを怒らせるような真似はしたくなかった。
 それにもう、やめるべきなんだろうな。
 これ以上自暴自棄に溺れ寿命を縮める行為を繰り返すべきではない。
 現状から逃げず、前をしっかりと向いて、大切な人を二度と見失わないように。
 彼女が僕と再会してがっかりさせないように、真面目に生きていこう。
 丸い月が空に浮かび、小さな光が輝く無数の点が空を覆っていた。
 心地いい風が肌を撫でる、どこからか運んでくる空気の匂いが気持ちを妙に落ち着かせる。
 このまま目を閉じて、開けた瞬間世界が切り替わってしまうのではないか思うほど、今夜の風は前兆を漂わせていた。
 これほど神秘的で哀愁がある夜はこれから先訪れることはないだろう。
 いや、もう一度僕がここに来るとするなら、その度にこの寂しい夜を何度も繰り返すことになるのかもしれない。
 元の世界のユリナと、夢の中にいるユリナ。
 二人で一つの存在が、まるで別々の人物のように思えた。