僕達がまた言い争っていると、彼の笑い声が後ろから聞こえた。
 振り向くと、彼は腹を抱えながら笑い姿勢を前のめりにしていた。
 目からは涙が一滴、二滴と零れ頬を伝っていた。
 それが笑いから生まれたものなのか、別の意味を含んだ涙なのか、分からなかった。
「せっかくだけど、大丈夫だよ。ありがとう」
 そう言って彼は僕に視線を移し、数秒間互いに黙り視線を交わした。
「・・・頼んだぞ」
 掠れた声で呟くように言い、彼は今度こそ歩き出した。
 暗闇の中に姿が隠れ、どこにいるのかもう分からなくなった。
 もう彼と会うことはない、出会うとすれば十年後に僕自身が彼の年齢に追いついた時身を持って再会できるだろう。
「お父さん、なんで泣いてたのかな?」
 横にいる彼女の言葉に、やっぱり泣いていたのだと気付く。
 どうしようもない方向に進もうとしていた僕の人生を、彼は後悔の念を晴らすために会いに来てくれた。

〈君が何をするべきなのか。今の君なら、もう分かるだろう?〉
 
 彼の言葉が蘇る。
 感謝してもしきれない、胸の奥から温かいものが込み上げてくる。
 彼の人生を、後悔を、僕に託してくれた思いを、絶対無駄にはしない。
「・・・ありがとう」
 僕は彼の消えていった暗闇に向かって、そう呟いた。