アパートに着いた時にはもう辺りは真っ暗だった。
 街灯の光をあてに帰路を歩き、四戸一のアパートは僕の部屋だけ光が漏れていた。
「ただいま」と言いながら玄関ドアを開くと「遅い!」とまず罵声が飛んできた。
 玄関先でユリナが仁王立ちで塞がり、僕を責める様に見ていた。
 頬を膨らませ、鼻の穴を大きく膨らませていた。
 分かりやすい、想像通りの展開だった。
「もう真っ暗だよ!やっぱりリョウ君は不良さんだね!」
「ま、まあ落ち着けって。紹介したい人がいるんだ」
 両手で彼女を制しながら後ろにいる人物にアイコンタクトを取る。
 そんな僕達を見て彼は苦笑いしながらこちらへ近づいてくる。
 ドア枠からチラッと顔を覗かせるとユリナの口が小さく開かれる。
 えっ誰?と言わんばかりの表情だ。
「この人は、僕の父さん。さっきたまたま会って、話が盛り上がって遅くなっちゃったんだ。ほら、ここって僕達以外の人っていなかっただろ?だからビックリしちゃって」
 そう紹介すると彼は会釈をして小さく微笑みを浮かべる。
「こんばんは。突然ごめんね。リョウが迷惑かけてるね」
 彼女はさらに驚いているようだった。
 僕達しかいないと思っていた世界で他の人がいて、さらに僕の父と名乗る人物がいきなりやってきたのだ。
 さすがの彼女も言葉を失ったのだろう。
 未来の僕は自分の父親だという設定を、帰路で口裏を合わせておいたのだ。
 恐らく違和感はないだろう。
 彼が三十二歳で十歳くらいの子供がいるなら二十一、二の時期に子供を作ったということになるが、元の世界の僕を思うと正直想像できない状況だ。
「お、お父さん!?嘘!?」
 彼女は大袈裟に狼狽し、両手で髪を整える動作をしていた。
 まるで親に秘密にしていた同棲がばれてしまったような気まずい心境になってしまう。
「・・・初めまして。木村ユリナです」
 両手を後ろに組んでもじもじしながら彼女は言う。
 そんな彼女を見て彼は可笑しそうに笑う。
 嬉しそうで悲しそうな、懐かしさを含んだような笑い方だった。