塗装の剥げたブランコに座り込み、彼女は空を仰いでいた。
 靴の先で地面を蹴り、わずかに揺れるブランコはキーキーと錆びれた金属音を鳴らしていた。
 いつか僕達が出会った時と同じような状況が、目の前で再現されているようだった。
 姿を確認して、僕は自転車から飛び降りユリナの元へと全速力で走っていく。
 ガシャンッと自転車のこける音がしたが、気にすることなく走り続ける。
 その音でユリナはこちらに気付き、向かってくる僕を見て驚いたようにブランコから腰を上げた。
 え?と疑問符が頭の上に浮かんでいるようで、きょとんとしてこちらを見ていた。
「ユリナ!」
 叫びながら走るスピードを徐々に落とし彼女の前で急ブレーキする。
 それでも完全に止まり切れずそのまま彼女を抱きしめる形で飛び込んでいった。
 互いの体が衝突し、彼女の背中に手を回したまま地面に転げた。
 咄嗟に地面の下に回り込み彼女の体を受け止めたが、小さくなった体に衝撃を緩和する筋肉や脂肪は備わっておらずもろに衝撃が加わり骨の節々に響いた。
「痛い・・・」
 彼女は弱った声で言う。
 目を開けると視界一杯に青空が広がっていた。
 仰向けに寝っ転がった状態で、彼女の頭が鼻先に触れていた。
「大丈夫か?ユリ・・・」
 言い終える前に、彼女は上体を起こし瞬時に僕の頬を平手で引っ叩いてきた。
 バチンッという痛快な音と共に僕の頬は地面に触れていた。
「急に何するのよ!バカ!」
 彼女は信じられない!と言わんばかりに叫んだ。
 本来なら謝らなくてはいけないんだろうけど、この時の僕は何がおかしいのか笑いだしてしまった。
 そんな僕を見て「何で笑ってるのよ!ありえないんだけど!」と彼女は再び吠える。
 何で笑ってるかって、そんなの僕にも分からない。
 ただ、いつも通りだなって、安堵の思いが込み上げてそうさせたのだろう。
「ごめんって」
 笑いから生まれた涙を拭い、彼女の顔を確認する。
 声は尖っていたものの、表情には喧嘩別れした出来事が尾を引いているのか、よそよそしそうに僕を見ていた。
「本当に、色々ごめん」
 色々には、例の喧嘩した出来事から、元の世界で君の境遇に気付いてあげられなかったこと、恋人だったのに何の助けにもなれず、君の前から姿を消してしまったこと、そんな複数の意味が含まれていた。
 今僕の目の前にいる彼女に、どこまでそれが伝わるのかは分からない。
 記憶をどこまで失くして保持しているのか、その線引きが分からないからだ。
 衝突したあの時、本当に彼女は手紙の意味について何も分からなかったのかもしれない。
 だとしたらただ単に彼女を傷つけ、追い込んでしまっただけだったことになる。