彼女は僕の横を通り過ぎ、ゆっくりとした足取りで玄関先の方へと向かった。
 足早に出て行かなかったのは、もしかしたら僕が止めてくれるかもしれないという淡い期待があったのかもしれない。
 でも僕は、その場で俯いたまま何も言ってあげることができなかった。
 乱れた互いの仲を繋ぎとめられるような言葉が、何も思いつかなかったのだ。
「じゃあね・・・」
 彼女はそう小さく呟いた。
 ドアが優しく開かれ、そのままバタンッと閉じられた。
 数秒後、室内は空気が凍り付いた様に静かになった。
 まるで台風が通過した直後の様に、上陸時に残した爪痕だけが虚しく残されていた。
 中途半端に洗われた食器、先程食べた料理の香り、彼女の笑い声や怒った声が、まだこの部屋の中には残されている。
 本当に彼女は何も知らなかったのではないか、ただ単に彼女を傷つけてしまっただけではないか。
そう思えば思うほど、僕は愚かな過ちを犯してしまったかもしれないという後悔の思いが徐々に込み上げてきた。
 真相を確かめる手段は、もう僕の周りには残されていない。
 ゲームセンターで取ったクマのぬいぐるみが、寂し気にソファの上で横たわっていた。