「どうしたの?聞きたい事って?」
 ユリナは水栓のレバーを下ろして水を止めた。
 話しかけられたものの黙っている僕を不思議そうに見つめていた。
 何から話すべきなのか迷ったが、まずは言葉よりも例の紙を見せた方が早いと思った。
 僕はポケットに手を入れ、二つに折られた紙切れを取りユリナに差し出した。
 彼女は戸惑いながらもそれを静かに受け取った。
 紙を広げ、そこに書かれた文面に目を通している。
 読んでいる間は両者ともに無言で、僕は表情の変化を窺うように見た。
「えっと・・・これは何なの?リョウ君?」
 困ったように笑みを浮かべながら彼女は聞いてくる。
 私はこの紙に書かれた内容について一切心当たりがない、そんな反応だ。
 それが真意なのかそれとも演技なのか、見分けるためにいくつか情報を開示してみる。
「これは、ユリナ。君の部屋で見つかったものなんだ」
「私の部屋?」
「あぁ、本の中に挟まっていた。それをたまたま見つけたんだ」
「どういうことなの?リョウ君!私の部屋って、私でもどこにあるか分からなかったのに!どうやって分かったの!?」
「それは本当なのか?」
「え?」
「君が自分の部屋、いや、家すら分からないなんてどう考えても不自然だ。本当は僕に、何か隠していることがあるんじゃないのか?」
「何言ってるの・・・隠し事なんて、ないに決まってるじゃない!」
 彼女は声を荒立てながら僕の右手を握ってくる。
 瞳が困惑したように揺れていて、とても嘘を突いているようには見えなかった。
「一体、リョウ君は何が言いたいの・・・?」
「・・・この紙は、君が書いたんだろ?知らないはずがない。現に君の部屋で見つかったんだから。だからここに書いてある内容は、君が知っていないとおかしいことになる」
「だから知らないって・・・」
 僕はユリナから紙を奪い取り、一部分を読み上げる。
「私と彼以外消えてしまえばいい、二人だけを世界に閉じ込めて、そこで永遠に過ごせたら幸せじゃないか、なんて。今の状況にピッタリじゃないか。知らないなんて言われても、信じられないよ・・・」
「ほんとに何も知らないの!信じてよ・・・」
 彼女の声は震えている。
 僕の手を握った手は、力を徐々に失くしていき解けるように離れていった。
 懇願するように、涙目になりながら僕を見てくる。
 その目を見ていられず、思わず視線を逸らしてしまった。
 それが、彼女の問いに対する拒絶の反応として捉えられてしまった。
「リョウ君が信じてくれないなら、私も信じない・・・」