ここで切り出せば、彼女の機嫌を台無しにしてしまうだろう。
 しかしそんなことを気にしていたらいつまでたっても聞けないままだ。
 何故ここまで躊躇してしまうのか、このまま何も聞き出せないままだと話は前に進まないというのに。
 そこで僕は気づいた。
 単純に、怖いのだ。
 ここで真意を知ることができれば、自分の抱える疑問に落としどころを見つけることができるかもしれない。
 しかしその反動で、もしかしたら彼女を失ってしまうかもしれない。
 具体的にどんな経緯を辿ってそんな結末に行きつくのかは分からないが、なんとなくそんな悪い予感を覚えてしまうのだ。
 真相の見えない、何が出てくるかが分からない場所に踏み込み問いを投げかけるのだ、何のお咎めもなしに答えが得られるとは思えない。
 僕はあの部屋で何も見なかった。
 そうして出来事を忘れることで、まだ道を引き返すことが今の時点ではできるかもしれない。
 いや、知ってしまった今、引き返すことなんて到底できそうにない。
 急ブレーキを踏んでもぶつからざるを得ない場所まで、もう来てしまったのだから。
 彼女は後ろに立った僕の方に振り返り、首を傾げる。
 僕は呼吸を整えて、真っ直ぐに彼女を見据えた。
「ユリナ・・・いや、木村ユリナ。君に聞きたいことがある」
 水栓から流れる水の音が、強くなった気がした。