凶器で刺されたのか、そんな錯覚を覚えたが痛みは一向に訪れない。
 ただ彼女の頭が僕の胸元に埋まっていただけだった。
 両手を背中に回され、強く抱きしめられる。
 今度こそ僕はどうしていいか分からなくなった。
 この後彼女は何と言うのだろう?
 やっぱり私達やり直そうとでも言うつもりなのだろうか?
 そう想像して、僕の胸の中に温かい何かが流れ込んでくるような感覚があった。
 この感覚を知っている、心が喜んでいる時に生じる反応だ。
 この一年間、ひと時も忘れない程恨んだ相手なのに、結局僕には彼女が必要だった。
 傍にいてほしかった。
 どこにも行ってほしくない。
 気持ちの切り替わりが早い事に我ながら失笑する。
「リョウ」
 彼女が囁くような声で僕の名前を呼ぶ。
 それを聞いた時僕の胸は跳ねた。
「なに?」と僕は次の言葉を促す。
 そこで彼女は僕の胸に埋めていた顔を上げこちらを見る。
 彼女は笑った。少女の様に屈託のない笑顔で。
 愛してやまない、別れた後でも脳裏に映って忘れられなかった、彼女の一番大好きな表情。
「」
 彼女は楽し気に僕に何かを話す。
 でもそれが何だったのかは全く聞き取れなかった。
 直後視界が真っ暗になり、そのまま僕は意識を失った。