県道に沿って自転車で走ること三十分で目的地に倒着した。
先程訪れた街の中心街とは反対方向で、僕が住んでいる場所よりもずっと田舎の風景になっていた。
周辺の景色は隅々まで行き届いた緑の山々と分割されたブロックの様に分けられた無数の畑に囲まれていた。
年季の入った在来木造の住宅がぽつぽつと建ち、その中の一つで明らかに築年数の浅そうな住宅が建っていた。
レンガの様なタイルが貼られた外壁、屋根には薄い平瓦が並べられ、二階に設置されている模様の入った洋風の出窓が特徴的だった。
ここだ、と直感的に思った。
ここまで迷うことなく真っ直ぐに来ることができたのは不気味に感じるが。
表札には木村と書かれ、ユリナの苗字が木村だということはメモを読んでから察しがついていた。
あの封筒の差出人は誰だったのかは見当もつかない。
封筒を見つけた時点ではユリナを疑ったが、恐らく違う。
手紙の内容から察するに、書いた人は僕とユリナが知らない互いの繋がりを知っている人物だ。
ユリナがあの手紙を書いていたとして、何が言いたいのか意味が分からない。
僕とユリナ以外の誰かが、手紙をあの場所に入れたのだ。
つまりこの世界には僕とユリナの他にも人がいることになる。
そいつは僕達があのアパートにいることを知っていて、煙草の隠し場所までも把握していた。
監視されているのかもしれないな。今この瞬間も、そいつに。
木村家の敷地内に入り、玄関ポーチに入る。
念のためインターホンを鳴らしてみたが、やはり何も反応はなかった。
玄関ドアのプッシュプルハンドルに手を掛けるとラッチが外れる音がした。
どうやら施錠されていないようだ。
ドアを開き、靴一つ置かれていない土間と玄関框の先にはティーブラウンの床板が敷かれていた。
センサーが反応し天井のダウンライトが点灯して一部の室内を照らしてくれた。
〈彼女との間に何があったのか、それを忘れてはならない〉
手紙の言葉が頭の中で反芻して蘇ってくる。
あの手紙に綴られていたことは本当なのだろうか?
僕とユリナが互いに忘れている繋がり、本当にそんなものがあったのだろうか?
不可思議な点は多かったが、すぐに否定はできなかった。
僕達はここにきてから、元の世界の一部の記憶を忘れている。
その忘れた記憶の中に、木村ユリナとの記憶があったのかもしれない。
謎の差出人は、僕の忘れてしまった何かを思い出させようとしているのか?
それは僕がこの世界に来てしまったことに関係があるのだろうか。
どちらにしても、僕をこの場所に導いたのは何か理由があってのことだろう。
きっとここには何かがある。
調べてみるしかないか。
僕は靴を脱ぎ、框を乗り越え、薄暗い廊下を進んでいった。