どうして今まで気づかなかったのだろう。
 この世界の時間は一秒たりとも刻まれていなかったのだ。
 どうりで太陽が沈まないわけだ。
 ユリナからうるさいとクレームが来そうだったのですぐにリモコンの電源ボタンを押して画面を消した。
 ここに来てから不思議なことが多く起こり過ぎていた。
 その為今更時間が進んでいない事実など、驚くに足らないし刺激としては今一つ足らないと思える余裕すらあった。
 時間が動いていないからなんだというのだと一瞬馬鹿らしく思ったが、考えてみればデメリットは確かにあった。
 時間が進まないということは、身体的な成長が促されることはないということだ。
 つまり僕とユリナは永遠に小学生のままで、年どころか一秒すら人生を重ねることはできない。
 僕達は気づかない内に不死身の体を手に入れてしまったのだ。
 出会いも別れもないこの世界で、無意味な特権を与えられてしまった。
 全く余計なことをしてくれる。
 また一つ世界の不思議を知れたところで、僕は玄関先に向かいスニーカーを履いた。
 玄関ドアを開け、そのままアパートの外周をぐるりと回り裏まで来る。
 水道メーターの箱が見えた。
 あの中に先程隠した煙草とライターが置いてある。
 ユリナとの約束を再び破ることには多少の罪悪感はあったが、やはり中毒性には勝てない。
 例え煙を受け付けない体になってしまったとしても、その先にある刺激的な快楽を僕は知ってしまった以上吸いたくてたまらなくなるのだ。
 カバーの溝に指を掛けて開けると、変わらず煙草とライターがポツリと置いてあった。
 同時に首を傾げる。
 見覚えのない封筒が一つ置かれていたからだ。なんだこれ?前に開けた時こんなものはなかった。
 白色の長形三号サイズで、A4サイズの紙を三つ折りにして入れられるよく見るタイプの封筒だ。
 種も仕掛けもなさそうな何の変哲もない封筒。
 中に何か入っているのだろうか?
 封筒の口を開け、親指と人差し指を突っ込むと一枚の白い紙が取れた。
 二つ折りに畳まれており、一部ノートの切れ端を破ったようなギザギザがあった。
 何かのメモだろうか?
 誰が入れたのか、と考えればユリナしかありえない。
 煙草を隠した水道メーターにピンポイントで入れている辺り、彼女からの牽制の言葉が綴られているのかもしれない。
 また約束を破るの?とか未成年でタバコはいけないんだよ!とか。
 アパートの裏で吸った時、やはり彼女に目撃されていたのかもしれないな。
 あの時吸ったのは一口だけだ。
 匂いなんてついてもついていないようなものだろう。
 部屋に入った瞬間に気づかれるなんて、いくらなんでもあり得ないだろう。
 彼女は僕がこの水道メーターの中に隠していたことを知っていたからこそ、あえてここにメモを入れたんだ。
 しかしどうだろう。
 活発な彼女の性格を考えれば僕が煙草を吸っている所を目撃してしまった時にはその場で煙草とライターを奪い取り遠くへ投げてしまいそうだが。
 いつかの公園の時のように。
 何故そうしなかったのか、と考えればやはり約束を早速破られてしまったのがショックだったのかもしれない。
 あれで案外繊細そうだからな。
 僕はメモを広げ、綴られているであろう怒りと悲しみに塗れた言葉に目を通そうとした。
 しかしそこに書かれていた内容を見て、僕は目を見開いた。
〈思い出せ。木村ユリナが君にとってどんな存在だったのか。彼女との間に何があったのか、それを忘れてはならない〉
 メモの一番下には、木村ユリナの実家と書かれ住所が記載されていた。