それでも彼女を少しでも元気づけられるよう、ポジティブとも捉えられる言葉を言ってみる。
 生きてみたところで何も起こらず死を待つ他ないのかもしれないが、個人的にはそれでも一層構わないと思った。
 誰もいない世界を好きに生きて、死にたくなったら自ら命を絶つ。考えようによっては贅沢な状況になったと思える。
 でも彼女は違う。
 彼女は僕とは違い光の浴びる世界で力強く生きていける能力がある。
 こんな訳の分からない場所で野垂れ死んでいくべきではない人間だ。
 だから、僕の様に落ちぶれてほしくなかった。
 生きる希望を捨ててほしくない、この状況に押し潰されず真っ直ぐに生き続けてほしい。
 せめて彼女だけでも元の世界に返してほしい。
 何故数時間前に出会った少女にこんなことを思ってしまうのかは自分でもよく分からない。
 僕も大概この世界に来てイカれてしまったのかもしれないな。
「生きてみるしかない、か。そうだよね。分かんない事を悩んだってしょうがないよね!」
 彼女は声を張り上げて窓から見える景色にそう叫んだ。
 そうだ、君はそれでいい。君らしく足掻いて、自分を見失わず、いつかこの世界から脱出する手段を見つけ出して、そして僕の事なんて忘れて幸せになって欲しい。
 彼女は僕の横顔を見つめ、屈託なく笑う。
「リョウ君は、優しいんだね」
 その一言は僕の心情を読んでいるかのような言葉だった。
 一瞬余計なことを無意識に発言してしまったのかもしれないと焦ったが、違った。
 彼女は僕の発する雰囲気を読み取って、優しいという言葉を用いたのだろう。
「そんなことないよ」と返すと「優しいよ」と彼女は僕の手を握ってきた。
 力強くもなく、かといって弱弱しくもない力加減は柔らかな肌の感触とほのかな体温を感じる程度で心地よかった。
 目を細めて見てくる彼女から視線を逸らし、窓から映る街の情景を眺めた。
 彼女には常に笑顔でいてほしかった。
 歪んだ世界に向かって、私は平気だよと見せつけるような笑顔をしてほしかった。
 全く、何でこんなことを思ってしまうのか自分でも不思議に思う。
 どうしようもないくらい自分という人間が分からなくなってきた。
「私には、リョウ君しかいないから」
 彼女はそう呟くように言った。
 混濁した思考の中では、その言葉が何を意味しているのか理解できなかった。