階段を最上部まで上り切る。
 タワーの最上階、そこは展望台だった。
 和室で使用されている竿縁のような天井板とそれを支える六本ほどの柱は相変わらず木が使われていたが、床の部分は濃い緑色の芝生が満遍なく敷かれていた。
 正方形のフロアは天井高のサッシが四方に設置され、街の景色が一望できた。
 冷たいコンクリートのビル街に対し環境に配慮され植えられた新緑の木々類。
 相変わらず雲一つない青空に太陽の光が遮られることなく街に降り注いでいる。
 凹凸の多い街では光の明暗が多くできていた。
 ユリナはサッシに手の平を置いて街を見下ろしていた。
 その陰りのある後ろ姿はここではないどこかを求めて思いを馳せているように見えた。
「ユリ・・・」
 近づいて声を掛けようとした時、出かかっていた言葉が喉の途中でつっかえた。
 僕が言葉を言い終えるより前に、彼女がこちらを振り向いたからだ。
 ショッピングモールで見せていた元気は見る影もなく、困ったように笑っていた。
「ここ、知ってる。来たことあると思う。それがいつだったのか、誰と来たのか、思い出せないけど・・・。大切な記憶だったのかなって、そう感じるんだ」
 彼女はそう言って訳が分かんないよねと呟き下に俯く。
 本当に訳が分からない。
 芝生の上を歩き、彼女の横に立って同じ景色を見る。
 うっとおしい位の建築物と利用されていない設備類を隅々まで見渡すことができた。
 それらはかつて人が人生と呼んでいたものを体現化した作品の様なものだ。世界に泥を塗っていく行為を正当化し、世の為人の為と自己満足の大義名分を掲げて築き上げられたもの。
 人が汚した世界の名残を見て嘆かわしくなるのと同時に、美しいと思ってしまう自分もいた。
 この世界はどうしようもなく美しい、そこに蔓延る害虫が嫌いなだけで、何もいなければ、世界は美しいままだったのだ。
「何か思い出せそう?」
 そう質問すると彼女はかぶりを左右に振った。
「ダメ。元々何の記憶が引っかかっているのか分からないんだもん」
「そっか、そうだよね」
「ねぇ、リョウ君?」
 彼女はこちらを不安気に見つめ口を小さく開く。
「この世界ってなんなのかな?私達、巨大な牢獄に閉じ込められちゃったのかな?」
 彼女の問いかけに、僕は答えに詰まる。
「・・・分からない」、そう返すので限界だった。
 根本から考えれば全く分からないことだらけなのだ。
 夢なのか、異世界なのか、彼女の言うように僕達は人との接触を遮断された場所へ閉じ込められてしまったのか。
 想像ばかりが連なり考えること自体が馬鹿らしく思えてしまうような状況だ。
 彼女の率直な疑問に、分からない以外答えようがない。
「でも、生きてみるしかないんじゃないかな」