どんな奴なのかが気になって、僕は視線を地面から前方へと向けていく。
 その人物を確認した時、僕は呆然と立ち尽くした。
 女性だった。
 僕と同じように土砂降りの中傘も差さずに路地を歩き、長い黒髪は水分を含んで頬に張り付いていた。
 長い前髪の隙間から覗くぱっちりとした目は真っ直ぐに僕を捉え、全体的に細い体躯は片手で軽く押せば無抵抗に地面に倒れていってしまいそうな程華奢だった。
 白いセーターに赤色のフレアスカート、この寒さで上着の一枚も羽織っていない。
 紛う事ない美しい女性。
 しかし僕が驚いている理由はそこではない。
 その女性が、僕のよく知っていた人物だったからだ。
 互いに無言で対峙し、降る雨は勢いをさらに増していった。
 言葉に詰まる僕がようやく発せた一言は「・・・えっ?」だった。
 彼女に聞きたいことは山程あった。
 でも実際、前触れもなしに突然目の当たりにすると何と言っていいのか分からなくなる。
 噂をすれば影とでもいうのか、あれほど憎んだ相手が目の前に現れたのに対し、怒りが沸いてくるどころかむしろ嬉しいとさえ思ってしまう自分がいる。
 結局のところ、僕はまだ彼女の事を愛しているのかもしれない。
 彼女は無表情のまま真っ直ぐに僕を見据えてくる。
 どうするべきなのか思考を巡らせていると、彼女は右足を一歩前に踏み出してきた。
 一歩、更に一歩、立ち尽くす僕にゆっくりと近づいてきて気づけば目の前まで接近されていた。
 殺されるかもしれない、そんな危機感を覚えた。
 殺意を感じたわけでも特別凶器を手に持っているわけでもなかったが、得体の知れない恐怖は最悪の発想まで想像させてしまう。
 しかしあの時僕を捨てたのは君だ。
 あれから僕がどれだけ落ちぶれていったのか君は知らないだろうが、どちらかというと僕の方が君を恨んでいるし、殺す立場は僕にあるように思えるものだが。
 近距離で彼女と目が合う。
 まるで生気を一切感じさせない虚ろな目は、何を考えているのか全く分からなかった。
「なぁ・・・ユっ」
 久しぶりに呼びかけた彼女の名前を言い終える前に、胸元に衝撃があった。