試すように色々と音を鳴らしていき、最後にピーンと高い音が静かな店内に響いた。
彼女は僕の方を見て恥ずかしそうにしている。
僕は何も言わず、笑って頷く。
彼女はクスリと笑い、再び鍵盤の方に目線を戻した。
ピアノが弾けると屋上で彼女が言った時、本当に弾けるのか?と疑ったものだが、奏でる前の静寂を支配するような雰囲気がそんな疑問を払拭させた。
やがて指が流れる様に動き始め、どこかで聞いたことがあるクラシックが奏でられていく。
店中に響き渡る音量だったが、今ここにいるのは僕達だけだ。
目を閉じて彼女の作り出す音楽を感じる様に身を委ねた。
真っ暗になった視界には思考の作り出す世界が映し出されていった。
何も考えない無の感情を意識していたのだが、演奏を聴く度何かが引き出されるように見たことのない情景が創造される。
木目のベンチに、僕は誰かと並んで座っている。
オレンジ色の光が視界を包み、その先に何があるのかは全く分からない。
ただ握られた手の温もりだけが、じんわりと深く伝わってくる。
長い黒髪が僕の頬を撫でる、表情までは読み取ることができなかったが、恐らく彼女は笑っているのだろう。
もしかしたら、隣に居る人物は僕の恋人なのだろうか?忘れているだけで、元の世界には思いを寄せる人がいるのかもしれない。
そう思うと、僕の人生にも少しだけ救いの余地があるように思えた。
これは彼女のクラシックが見せた幻想なのか、それとも元の世界の記憶がわずかに蘇ったのか、知る由もない。
ただ、これが現実ならどんなに美しいのだろうと、そう思った。
僕が両目を開けた時演奏は終わっていた。
いつ終わったのか分からないけど、眠りから覚めた時のように視界はぼんやりとして色が褪せて見えた。
「どう、だったかな?」
か細い声が聞こえてそちらを見る。
ユリナが不安気にこちらをチラチラと見ていて、両手は膝の上で握り拳を作っていた。
意識が違う方向に飛んでしまい演奏に注視できなかったが、間違いなく上手かった事だけは分かった。
「とっても。素敵だったよ」
そう伝えると彼女は緊張から解放され安堵したように笑った。
「ありがと」と肩を縮め照れたように言う。
その様子から彼女がピアノと向き合うのは久しぶりの事だったのかもしれないなと思った。
「ユリナのピアノ、もっと聴きたいな?」
僕はアンコールを求めてみる。
「えー!もう十分だよぉ」
「僕はまだ物足りないなー」
「どうしても弾いてほしい?」
「うん、どうしても」
「ほんとにどうしても?」
「ほんとにどうしても」
「全く、仕方がない子だなーリョウ君は」
彼女は再び姿勢を整えて鍵盤の上に指を下ろし、深呼吸した後演奏をまた再開した。
奏でる音色が先程よりも明るいものに変わった気がする。
誰もいないデパートで、僕達だけの音楽が鳴り響く。
時間の流れすら忘れてしまう程ゆったりした二人だけの空間で、彼女は指先を伝って音を生み、僕はその音で作り出される幻想的な世界に再び入り浸っていた。
彼女は僕の方を見て恥ずかしそうにしている。
僕は何も言わず、笑って頷く。
彼女はクスリと笑い、再び鍵盤の方に目線を戻した。
ピアノが弾けると屋上で彼女が言った時、本当に弾けるのか?と疑ったものだが、奏でる前の静寂を支配するような雰囲気がそんな疑問を払拭させた。
やがて指が流れる様に動き始め、どこかで聞いたことがあるクラシックが奏でられていく。
店中に響き渡る音量だったが、今ここにいるのは僕達だけだ。
目を閉じて彼女の作り出す音楽を感じる様に身を委ねた。
真っ暗になった視界には思考の作り出す世界が映し出されていった。
何も考えない無の感情を意識していたのだが、演奏を聴く度何かが引き出されるように見たことのない情景が創造される。
木目のベンチに、僕は誰かと並んで座っている。
オレンジ色の光が視界を包み、その先に何があるのかは全く分からない。
ただ握られた手の温もりだけが、じんわりと深く伝わってくる。
長い黒髪が僕の頬を撫でる、表情までは読み取ることができなかったが、恐らく彼女は笑っているのだろう。
もしかしたら、隣に居る人物は僕の恋人なのだろうか?忘れているだけで、元の世界には思いを寄せる人がいるのかもしれない。
そう思うと、僕の人生にも少しだけ救いの余地があるように思えた。
これは彼女のクラシックが見せた幻想なのか、それとも元の世界の記憶がわずかに蘇ったのか、知る由もない。
ただ、これが現実ならどんなに美しいのだろうと、そう思った。
僕が両目を開けた時演奏は終わっていた。
いつ終わったのか分からないけど、眠りから覚めた時のように視界はぼんやりとして色が褪せて見えた。
「どう、だったかな?」
か細い声が聞こえてそちらを見る。
ユリナが不安気にこちらをチラチラと見ていて、両手は膝の上で握り拳を作っていた。
意識が違う方向に飛んでしまい演奏に注視できなかったが、間違いなく上手かった事だけは分かった。
「とっても。素敵だったよ」
そう伝えると彼女は緊張から解放され安堵したように笑った。
「ありがと」と肩を縮め照れたように言う。
その様子から彼女がピアノと向き合うのは久しぶりの事だったのかもしれないなと思った。
「ユリナのピアノ、もっと聴きたいな?」
僕はアンコールを求めてみる。
「えー!もう十分だよぉ」
「僕はまだ物足りないなー」
「どうしても弾いてほしい?」
「うん、どうしても」
「ほんとにどうしても?」
「ほんとにどうしても」
「全く、仕方がない子だなーリョウ君は」
彼女は再び姿勢を整えて鍵盤の上に指を下ろし、深呼吸した後演奏をまた再開した。
奏でる音色が先程よりも明るいものに変わった気がする。
誰もいないデパートで、僕達だけの音楽が鳴り響く。
時間の流れすら忘れてしまう程ゆったりした二人だけの空間で、彼女は指先を伝って音を生み、僕はその音で作り出される幻想的な世界に再び入り浸っていた。