アパートの駐輪場で鍵の掛かっていない自転車を見つける。
サドルの後ろにキャリアがついており、二人乗りをするには最適な構造だった。
サドルを思いっきり下に下げると小学生の僕でも跨れるような高さになった。
リヤディレイラーを靴裏で蹴って解除し、スタンドを外した後庇の下で仁王立ちしている彼女にゆっくりと自転車を転がしながら近づいていく。
「移動手段があったよ。これで少し遠くまで出ることができる」
僕がそう伝えても彼女は腕を組んだままプイッと顔を背ける。
先程のゲームの件でまだ拗ねているのだろう。
険悪な雰囲気に塗れた自室に二人っきりで過ごし続けるのは心臓に悪かった。
彼女の機嫌が少しでも良くなればと思い、外に遊びに行こうと提案したのだ。
特別小さな子供が遊んで楽しい場所を僕は知らなかったが、何も行動しないよりはマシだろう。
慣れない外出を立て続けに行うのは正直気が滅入りそうだったが、致し方が無い。
こうして今日の出来事を振り返ってみると、僕の心情は彼女の機嫌に振り回されたばっかりだな。
これをしよう!と彼女が言えば勢いに押されて渋々従い、機嫌を損ねれば怒りをなだめるために他の楽しい事を彼女に提示していく。
子供との接し方が分からず試行錯誤した結果このようなスパイラルに陥ったのだと思うのだが、ここまで自分が不器用なのだと一つ一つ気付かされていくのは単純に凹んだ。
人付き合いが苦手、それだけ分かっていればいい。
その内情を詳しく理解したくはない。
自己防衛に等しく虚しい足掻きみたいなものだった。
「ユリナ、黙ってたら分からないよ」
その言い方が癪に障ったのか、彼女は目を細めて睨みつけてくる。
「なによそれ。大人ぶっちゃって。リョウ君今何歳なの?」
そう言われてぎくっとする。年齢・・・僕は今何歳に見えるのだろう。起床後、洗面所の鏡で確認した自分の容姿を思い浮かべる。
「・・・十一歳だよ」
「なら私と変わらないじゃない。子ども扱いしないでよね」
なんでまた怒ってんだよと悪態をつきそうになったが堪える。
頑固な子だ。少しは君も大人になってくれよ。
「悪かったよ。とにかく出掛けよう。時間がもったいないだろう?」
彼女は眉間に皺を寄せる。それを見てすぐに言葉を訂正する。
「僕は君と出掛けたい。だから時間が惜しいんだ」
僕の言葉を聞いて、彼女は満足そうに首を縦に振る。
「仕方がないなぁー。じゃあ付き合ってあげるよ」
彼女は自転車のキャリアに飛んで跨り、その衝撃で危うく自転車を倒しそうになった。
左右のブレーキを強く握り締め、彼女の変わりようについていけず立ち竦んでいるとき、「ほら、早く漕いで!」と背中をバシバシ叩かれる。
僕もサドルに跨り、「しっかりつかまっててよ」と伝えると彼女は両手で僕の腹部を抱き寄せる様に回した。
過度に密着しているのか、反発性のある柔らかな肌の感触と火照った体温が背中にじんわりと伝わってくる。
異性との接触が久しぶり過ぎて、例え相手が小学生でも胸が跳ね上がる位に緊張した。
少女にこの緊張を悟られぬよう、僕は振り切るように地面を蹴って自転車を発進させた。