「知っているの?」と聞くと彼女は「えっ」と漏らしこちらを見る。
 ボーとしていたのか、意識が遠のいているように見えた。
 聞いていない様子だったのでもう一度質問を繰り返す。
「うーん・・・分からないけど。何か引っかかって。昔やったことがあるのかな?」
 昔って、君はまだ小学生だろう。
 彼女の言う昔は恐らく二、三年前を指しているのだろう。
「へぇー、ユリナが知っているなんて意外だったよ」
 僕はゲーム機とカセットを持ってリビングに置かれたテレビの方へと向かう。
 ソファの前に置かれたテレビにジャックを刺していき、セッティングをしていく。
 作業はすぐに終わり、コードで繋がれたコントローラーの一つを彼女に渡す。
「ほら、座りなよ」
 ソファを指さして言う。
 そう言われて彼女はぎこちない動作で移動しソファにゆっくりと腰掛ける。
 一連の動作を確認してコントローラーを渡すとそれを両手で受け取り下に俯いた。
 一体どうしたのだろう。
 カセットを見てから明らかに放心状態に陥っていた。
「大丈夫?体調でも悪いの?」
「・・・ううん、大丈夫。なんでもないの」
「とてもそうは見えないけど・・・」
「大丈夫だって!早くやろっ!ゲーム!」
 そう言って笑う彼女の表情はどこか無理をしていて辛そうに見えた。
「なら、いいんだけど」と返すことしかできず、僕はテレビのスイッチを入れる。
 とにもかくにも、喫煙尋問から彼女の意識を遠ざけることができた。
 後はゲームを少しやって彼女の記憶をいろんな情報で混同させていけばいい。終わる頃には煙草の話なんて忘れている事だろう。
 数秒時間をおいてテレビの映像が表示される。
 ザーと耳障りな音を立て地上波は砂嵐状態だった。
 誰もいないんだから、放映をする人も見る人も当然いるはずもない。
 電気が使えるだけまだマシだった。
「手加減してよね?」と彼女は言う。
 加減もなにも、僕だってゲームは久しぶりでやり方なんてとうに忘れている。
 わざと下手な操作をしなくても勝手に僕は自滅していくだろう。
「分かってる。大丈夫だよ」
 ここで何かのフラグが立った気がした。
 案の定、僕は彼女をボコボコにしていた。
 案外やってみると操作は単調で、アクセルとブレーキ、右左のハンドルを切っていく位だった。
 コツはカーブに差し掛かった時、どこでブレーキを踏んでハンドルを切り始めるか、コースから脱線せずに綺麗なラインを描いて曲道を乗り切っていくイメージを常に忘れないことだ。
 レースを積み重ねていくと徐々にいろんなテクニックを試したくなって好奇心をくすぐられるようだった。
 今画面の右側で動いている僕の車体はゴールラインを超えフィニッシュと表示される。
「もう!また負けた!全然手加減してくれないじゃない!嘘つき!」
 彼女はブーブー文句を垂らしソファ越しに僕の背中をガンガン蹴ってくる。
 床に座っている僕はその反動で項垂れる形になる。
 彼女に勝たせてあげたい気持ちは山々なのだが、つい本気でやってしまいたい自分がいる。
 最初こそわざとカーブラインで誤った操作をしたりして彼女を先に行かせてあげるなどして調整をしていたが、最終的には自身の闘争心に火が付き勝利への快楽を求めるようになっていた。
「ごめんって。次はちゃんと負けるから・・・」
「何よもう!ゲームなんてやらない!リョウ君のバカ!」
 何もそんなに怒らなくてもと言いかけたがすぐに胸にしまった。
 怒りがヒートアップする流れを繰り返すだけだ。
 小学生の扱いは難しいな、と思うが今回は完全に僕が悪かったな。