その言葉にぎくりとする。
 表情を崩さないようにするので必死だった。
 訝し気にこちらをジト目で見てきて、体の隅々まで舐める様に観察される。
 目視の点検と臭気調査が行われ、彼女の中では僕は煙草を吸ったのではと疑惑がかかっているようだ。
 まさか一瞬で見抜かれるなんて、その嗅覚の鋭さに舌を巻いた。
 夫婦生活を映すドラマで違う女の匂いがすると妻が発言するシーンを幾度となく見かけたが、案外あれは嘘ではないのかもしれない。
「どうなの?」と少女は僕を問い詰めてくる。
 一回吸っただけでもヤニの匂いが少しは付着するだろうが、一瞬で見抜かれる程匂うものなのだろうか?
「吸ってないよ」
「ほんとに?」
「うん」
 怪しいと言い僕の周りをぐるぐると歩き回り、不審な点が無いかを観察してくる。
 自室が取調室に早変わりしてしまった。
 この重苦しい空気を断ち切るのにいい方法はないだろうか?
 部屋を見渡し何か彼女の意識がそっちに持っていけるような糸口を探す。
 その時、和室とリビングを仕切る戸襖の隙間からコンセントの先が目に入った。
 あれは確か、部屋の掃除をしているときにたまたま見つけたゲーム機だ。
 散らかった衣服類の中に埋まっていた、というよりは恐らく僕が適当に放り投げていたのだろう。
 一人暮らしをする時、暇つぶしにでもなればいいと購入したもののあまり手を付けることなく今日まで埃を被っていた。
 ゲームなんて、元々飽き性には向いていない代物だったのだろう。
「なぁ、ユリナ。ゲームやらないか?」
「話を逸らさないで!」
「違うんだ。面白いんだよ。あのレースゲーム」
「何が違うのよ!?さっき約束したばっかりなのに!」
 こうなったら埒が明かない。
 僕の言葉は全て彼女の燃やす怒りの材料になっている。
 僕は彼女の横を足早に通り抜け、戸襖を開ける。
 何もなくなった畳の部屋にポツンとゲーム機は置いてある。
 傍にはプラスチックのケースに入ったゲームディスクもあった。
 それを手に取り、彼女に掲げてみせる。
「ほら、これこれ。レースゲームなんだ。二人でやるときっと楽しいよ」
 彼女は途中まで冷たい目線を僕に送っていたが、次第に驚いた様子で目を見開いていた。
「それ・・・え」
 ポツリと漏れたような声を出し、石化したように固まって動かなくなった。
 彼女の目線は掲げられたゲーム機ではなく僕の足元に落ちているゲームディスクだった。
 大したゲームではない、プレミアがついているわけでもない通常仕様のディスクだ。
 そこら辺にある量産されたファミリーゲームの一つに過ぎない、そんなに驚くほどのものだろうか?