アパートの裏に回り、ジーパンの後ろポケットに手を突っ込む。
そこには唯一手元にある煙草とライターが入っていた。
公園で彼女に投げ捨てられる前にこっそりと忍ばせていたのだ。
箱から一本を指先で摘まみ、口に咥えて着火する。
発生した煙が一斉に灰の中に流れ込んでくる。
次の瞬間、気管に流動物が詰まったように僕は盛大にむせた。
ごほ、ごほ!と咳き込みながら絡んだタンを地面に吐き、次第に涙が出てきて頬を伝う。
頭が重くなり視界がクラクラして安定しない。
手に持った煙草を放り捨て、地面に腰を着け外壁に寄りかかる。
苦しい、死にそうだ。
まるで煙草を初めて吸った人の反応だ。
昔の姿に戻ったことで体内の器官も同時に若返ったのかもしれない。
真っ黒な肺から穢れを知らない肺へ、煙草の煙を受け付けないデリケートなものになってしまったようだ。
「くそっ」
煙草の箱を握り潰し地面に投げつける。
やれやれ、こんな些細な楽しみも堪能できなくなったのか。
肺だけ以前の物に取り換えてほしい。
この調子だと、舌も若返ってお酒の味すら受け付けなくなっているかもしれない。
世界からほとんどの人間が消えてくれたことまではよかったが、小学生に逆戻りするのは余計なオプションだ。
一ついいことがあれば二つ悪いことが起きる。
そうやってどう足掻いても不幸になるよう人生の帳尻を合わされているように思えた。
「・・・彼女は、一体何者なんだ」
まだ部屋でスヤスヤと眠っているであろう謎の少女について考えてみる。
今まで接してきた辺り、僕の様に彼女が元々大人だったという線はまずないだろう。
似た目も中身も典型的なわんぱく小学生だ。
しかし、彼女の発した一言だけが胸の中に引っかかりを覚えた。
私に家はない。
そう言った彼女の表情には悲しみの欠片もなかった。
そんなものは必要ない、そう言わんばかりの物言いで。
その時だけ、彼女は小学生らしくなかった。
他の何もかもは年相応な反応だけに、あの瞬間だけは際立って違和感を覚えた。
悩みの一つもなさそうなあっけらかんとした子に見えても、抱える闇の一つや二つはあるのかもしれないが。