ここに来た、まさか公園に徒歩で歩いてきたなんて答えを待っているわけではないだろう。
恐らくはこの世界について尋ねられているのだ。
どうやって元の世界からこちらへ来たのか?そう問われているのだろう。
しかし先程思った通り、それはこちらが教えてほしい位だ。
僕に知る由もないだろう。
朝目覚めたら体が縮み世界からほとんどの人が消え去っていたのだから。
何の手掛かりもない。
「分からないよ。起きたらこの場所にいたんだ。それより君、ここについて何か知っているの?」
所々声が裏返りながら早口で僕は答える。
誰とも接しない生活を数年続けた弊害、コミュニケーション能力の欠如がここにきて発揮された。
少女と視線が合いそうになると反射的に僕は目を逸らし俯く。
「ここは、どこなんだろうね?私も分かんないや!」と少女は笑顔で答える。
「起きたらここにいたの?ここに来る前は何をしていたのか思い出せない?」
少女は首を傾げて俯いた僕の顔を覗き込んで聞いてくる。
逃げ場を失った僕の視線は混乱したように上下左右に泳がせてしまう。
「そ、そうだな。ここに来る前・・・あれ?」
考えようとした瞬間思考が途切れてしまう。
ここに来る前、僕は何をしていたんだ?
人目を避けて引きこもり生活を数年続けていたのは覚えている。
どうしようもなくだらしないライフスタイルを貫いていたことも。
しかし、ほんとに目覚めたらいつの間にかこの場所にいたのか?
何かトリガーの様なものを引いてしまいこの場所に迷い込んでしまったのではないか?
ダメだ。どんなに頭を悩ませてもここに来る以前の記憶は靄がかかってしまったように思い出せなかった。
そもそも、何故僕はあそこまで落ちぶれた生活をしていたのだろう?
以前は普通に会社員として勤め、それなりに上手くやっていたはずなのだが。
「大丈夫?顔色悪いよ?」
少女の言葉にハッとしたように思考の意識から引き戻される。
いつの間にかボーとしていたようだ。
「ごめん、なんでもないよ。ここに来る前、何をしていたのかはちょっと思い出せないな」
僕が渇いた笑いをすると少女はクスリと微笑む。
「ふーん、そっか。じゃあ私と一緒だね」
「・・・それは、どういう意味?」
少女は両手を背中で組み、上目遣いに僕を見る。
「私も、ここにいつの間にか迷い込んだの。誰もいない、この世界に」
その言葉に確証した。
やはりこの場所は現実でもなんでもないのだ。
夢の中か、異世界なのか、分からないけど。
恐らくはそれに近しい所に来てしまったのだろう。
「じゃあ、ずっと君はここで一人だったの?」
「そうだよ。でも、今日あなたが来てくれたから。嬉しいなぁ」
えへへと照れたように笑い、可愛らしい笑窪が頬に浮かび上がる。
この陽気な少女はずっとこの独りぼっちの世界で過ごしてきたのだろうか。
僕の様な暗がりを好むような人間にとっては安息の地になっても、彼女の様な天真爛漫なタイプには苦痛極まりなかっただろう。
ようやく話し相手が来てくれた、そう思われているのかもしれない。
「これから迷子同士!仲良くしよっ」と少女は僕の背中に両手を回し抱き着いてきた。
嬉しそうに何回も何回もその場で飛び跳ねている。
予想外の行動をされた僕の体は少女の勢いに押されてたじろいでしまう。
汗なのか香水なのか分からない、甘い匂いが鼻孔をくすぐった。
緊張のあまり力が抜け、両手に持っていた袋と籠をその場に落としてしまう。
籠はひっくり返り中に入っていた缶ビールと煙草類がその場にまき散らされ、一本の缶が転がり彼女の足に当たる。
「あれ?」と彼女は足元に落ちた缶を拾い上げる。
数秒地面にしゃがんだまま動かなくなり、「えっ」と絶句したような声を漏らす。
あーあ、やっちゃったと僕は気まずさのあまり彼女を視界から外す。
掴まれたビールがどう処理されるのか、ひょっとしたらこの少女はビールの存在を知らなくてこの飲み物はなんだろうと好奇な目線を向けているだけなのかもしれない。
少女は立ち上がり、掴んだビールを思いっきり背後の草むらに向けて投げつけた。地面に叩きつけられた缶は小さなバウンドを繰り返し遠くの方へ転がっていく。
「どういうこと!君私と一緒位の年だよね!?ビールは大人にならないと飲んだらいけないんだよ!」
切迫した様子で距離を詰めてくる。
いかにも優等生の言いそうなセリフを彼女は吠えていた。
「煙草まであるじゃない!これも、これも、これもダメェ!」と手に掴んだ快楽品を次々と草むらに投球していく。
綺麗なフォームだなとどうでもいいことに感心してしまう。
さすがに全部を処理できないと思ったのか、少女はむっとした顔でこちらを睨んでくる。
地面に転がった煙草類を籠に戻したくなったし、なんてことするんだ!ようやくありつけた少ない楽しみを!と抗議したくなったがもちろんできるはずもない。
それこそ少女の怒りの炎に油を注ぐような行為だ。
「お酒も煙草もダメ!それに煙草なんて、百害あって一利なしって学校で習ったでしょ!今すぐにやめなさい!」
こちらに再び詰め寄り、威圧的な言い方で注意してくる。
あれこれ歪んだものに正しさを突き付けてくる、典型的な学級委員タイプ。法と倫理の後ろ盾をここぞとばかりに主張してくる。この状況で僕が悪いことは明白なんだけど。
ただ単にいけ好かないだけだ。
「別に・・・いいじゃないか。他に誰もいないし、法律なんて、この世界にはもうないようなものじゃないか」
投げやりな言い方で言葉を返す。
彼女は体を小刻みに震わせ両手をぎゅっと強く握りしめ拳を作った。
赤く染まった頬を膨らませ涙目を浮かべてこちらを訴えるように見てくる。
全力で伝えた自分の思いが響かなかったことが悔しいのだろう。
その時胸が詰まる思いがした。
自分の似た目は小学生に戻っているものの考えの卑屈さは大人の自分の時のままだ。
比べて彼女の言動、行動を見る辺り似た目も中身も小学生で純粋な心をまだ保持しているように思えた。
これでまともに言い争えば大の大人が小学生をいじめているのと変わりない。
今にも泣きだしてしまいそうな彼女を見て、僕はかぶりを左右に振る。
「分かったよ。僕が悪かった。だから泣かないで」
「泣いてなんて、ないもん!」
「そうだね。ごめん。もうこんなことしないからさ」
僕は右手を彼女の頭の上に乗せ、なだめる様に優しく撫でた。
少女は涙を手の甲で拭っていく。
拭き終わるとまた先程見せてくれた明るい笑顔をこちらに向けてくれた。
「約束だからね。んっ」
小さな小指をこちらに差し出してくる。
何がしたいのか咄嗟には分からなかったが、指切りげんまんをしたいのだと遅れて理解する。
僕もまた、小さくなった自分の小指を少女の指に絡めた。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指切った!」と歌いながら上下に何回もスイングされた。
改めて聞くと相当怖い歌詞だよな、これ。
屈託のない笑みを浮かべながら言われると尚更だ。
「ふふっ。絶対に約束破っちゃだめだからね。そういえば、あなたの名前は?」
自分の名前。こんな風に誰かに伝えるのはいつぶりだろう。
おかしいと思われるだろうが、自分の名前を声に出すのが久しぶり過ぎて、一瞬自分が誰なのかを忘れていたくらいだ。
「香山、リョウ」
そう言うと彼女の目は大きく見開き口をぽかんと開けた。
「リョウ君・・・かっこいい名前だね!」
少女は華やかに笑う。僕もつられて笑ってしまいそうな程、彼女の笑顔は太陽の様に眩しくキラキラとしていた。
反射的に僕も「君の名前は?」と聞いていた。
そこで彼女は目を細め、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに嬉しそうだった。
「ユリナ!これからよろしくね!リョウ!」
それがユリナとの出会いだった。
性格は間違いなく光と影の様に正反対、運命的とは程遠い出会い方だっただろう。
笑って、怒って、泣いて、また笑って。
喜怒哀楽の移り変わりが激しい嵐の様な少女。
どうしようもなく謎に満ちた世界をこんな二人で共存していくことになるなんて。一体何がどうなっているんだか。
訳もなくけらけらと笑う彼女を見て、ついに僕もつられてクスリと笑った。
「これもゴミ!これもゴミ!もう、切りがない!どれだけ汚いのよ!」
再びユリナは声を荒げていた。
彼女は部屋中に散らばるゴミらしきものを片っ端から手に掴み傍に置かれた袋に詰め込んでいく。
既に一つのゴミ袋はもう何も入らない位パンパンになり、新しく出した袋もまた上限に達そうとしていた。
彼女がリビングとキッチンを掃除している間僕も同じように和室のゴミをかき集め袋に詰めていた。
どうしてこうなったのか、必然といえば必然なのだが、望んだ展開ではなかった。
缶ビール、煙草、カップラーメンの空き箱が多く占め、その他は衣服や細々としたお菓子のゴミやプラスチックのトレイなどが床やテーブルに幅広く展開されていた。
我ながらよくここまで部屋を汚せたものだ。
彼女が最初部屋に足を踏み入れた時、空き巣に入られたのではないかと本気で心配してきたくらいだ。
当時は片付ける気なんて更々なかったから、汚すことに一切の躊躇いを感じなかった。
だがいざ掃除するとなると正直めげそうになる程酷い有様だった。
「ほらっ!ボーとしてないで手を動かす!」
彼女は定期的に僕の方を振り向いてちゃんと掃除をしているか厳しい視線を向けてくる。
やれやれ、第一ここは僕の部屋なんだからどう使おうと僕の勝手だろう!と反論したいところだが、そうすればまた泣かせてしまうかもしれない。
さすがの僕も子供相手にそこまで心を鬼にすることはできなかった。
異臭の発生源ともいえる吸殻が溜まった灰皿の中身を袋の中に流し込む。
彼女がここに来てしまったのはもちろん僕から誘ったわけではなく勝手についてきたのだ。
もちろん僕は断った。しかし意固地な彼女がそこで引き下がるわけもなかった。
公園からアパートへ向かう帰り道、「リョウ君の家に行きたい!」と彼女は何々ちゃんの家に遊びに行きたいと同じような感じで僕に言ってきた。
「あまり人に見せられるような部屋じゃないから、汚いし」ともちろん僕は断ったが、「大丈夫!私掃除するから!こう見えても整理整頓は得意なんだよ!」と自信気に言われた。
だろうな。
君はいかにもきっちりしていないと気が済まないたちに見える。
そんな人が僕の部屋を見たらどうなるのか、予想がつかないわけじゃなかった。
しかし彼女が「どうしても行きたい!」と引き下がらず、それどころか「なら勝手についていくもん」と意地になって僕の後をついてきた。
もう好きにしてくれと僕は半ば諦め状態で抵抗する気も失せていた。
人が嫌いだと言っているのに、ここまで元気溌剌な彼女と話し続けていると精神の疲労が激しく段々頭が痛くなってきた。
もうすぐアパートに着く手前、「君の家はどこにあるの?」と聞いてみた。
彼女が帰る流れをなんとか作ろうかと最後の力で足掻いてみたが、返ってきた答えは「私に家はない」だった。
変なことを言う子だなと思ったが、真剣な彼女の表情を見てふざけているようには見えなかった。
「正しくは、私は自分の家を覚えていないの」
僕がここに来る以前の記憶がはっきりと思い出せないように、彼女の記憶もまた、忘れていることがあるのかもしれない。
しかし自分の家を覚えてない、つまりは帰られないということになると彼女は今まであの公園で寝泊まりしていたのか?
こんなに小さな子が、過酷なサバイバル生活を送っていたというのか?
「住む場所が無い・・・それは、不便だね」
「そう?別に必要ないと思うけど」
変なこと言うなーと彼女は不思議そうに首を傾げる。
僕は呆気に取られ、何も言い返すことができなかった。
彼女は一体、何を言っているんだ?
考えを巡らせている内、アパートの敷地内にいつの間にか入っていた。
「へぇーここがリョウ君の家かー。なんだか雰囲気ある所だね!」
目の前には築三十年程の修繕工事がろくに施されていないボロアパート。
サイディングの外壁は所々クラックが入り、基礎は表面が割れ一部鉄筋が剥き出しになっていた。
手摺やドアノブといった金属の部分は当然のように錆びれている。
彼女の言う雰囲気とは幽霊屋敷みたいだねということだろう。
「リョウ君!早く入ろうよ!どんな部屋に住んでいるのかなー。楽しみ!」
それから片付け騒動に突入するまで五分もかからなかった。
「はぁ・・・」
久しぶりに見た畳の目に僕は背中から倒れ込む。
仰向けになって見た天井クロスはヤニが付着し黄ばんでいた。
一通りの片づけを終えた部屋は引っ越してきた直後と見違える位綺麗になっていた。
元々荷物自体は多く置いていなかったから、散乱したゴミを取り除けば深い霧が晴れたように開けた空間になった。
「もう。はぁ、はこっちのセリフよ」
ゴミ袋を捨て終えてきたユリナが隣に寝転ぶ。
彼女は横向きになり僕の顔を見つめる形になり、その視線を感じながら僕は天井に吊るされた照明をじっと眺める。
「ゴミ袋はアパートの裏に置いてきたよ。ポイ捨てみたいで申し訳なかったけど、全部君のせいなんだから」
表情こそ見えないけど、視線が痛いものに変わったのは感じ取れた。
なんて返したらいいのか、乾いた笑いしか出てこなかった。
「どうすればあんなに部屋を汚せるのかな?・・・ねぇ?聞いてるの!?」
その瞬間腹部に鈍い衝撃を覚える。
彼女が僕の上に跨り視界を覆うように急接近で見つめてきた。
「・・・ごめんって」
「全く、こんなにだらしない人初めて見たよ。もう・・・疲れた」
彼女はそのまま僕の方へ倒れ込み、体全体が密着する形になる。
互いに運動を終えた後の様な状態だ、熱い体温が触れ合い溶けそうになる感覚を覚える。
程よい重さを感じながら僕は身動きが取れなくなる。
妙になれなれしいな、最近の小学生はこんなにベタベタしてくるものなのか?
外見の年齢は近いとはいえ、男女だぞ?
つい数時間前にあった男に抱き着くなんて、そのフットワークの軽さに彼女の将来が不安になった。
「スー、スー」
真横に垂れた彼女の顔から寝息のような音が聞こえる。
まさか、寝たのか?やれやれ・・・冗談じゃない。
僕の耳元に熱い吐息が一定の間隔でかかる。
くすぐったくて彼女を払いのけたい衝動を抑えながら僕は身を捩る。
少女の心境と言うのは未知の領域だな。理解不能だ。
十分程この姿勢を保持しただろうか、さすがに彼女の熱を受けすぎて体が燃える様に熱かった。
脱出しよう。
そう決めて彼女を起こさないよう慎重に体を動かす。
両手で彼女の肩をそっと持ち上げ、わずかにできた隙間から素早く外に出た。
腫れ物に触るように優しく畳の上に彼女の体を置く。
「スー、スー」
何も気づいていない様子で気持ちよさそうに寝息を立て続けている。
今のうちだ。足音を鳴らさないよう慎重に足を踏み出していく。
少しでも足先が物に触れてしまわないよう、ゆっくりと。
そろり足で玄関先まで向かい、靴を履いたところで一旦安心する。
ドアノブに手を掛け、彼女を部屋に残して外に出た。
アパートの裏に回り、ジーパンの後ろポケットに手を突っ込む。
そこには唯一手元にある煙草とライターが入っていた。
公園で彼女に投げ捨てられる前にこっそりと忍ばせていたのだ。
箱から一本を指先で摘まみ、口に咥えて着火する。
発生した煙が一斉に灰の中に流れ込んでくる。
次の瞬間、気管に流動物が詰まったように僕は盛大にむせた。
ごほ、ごほ!と咳き込みながら絡んだタンを地面に吐き、次第に涙が出てきて頬を伝う。
頭が重くなり視界がクラクラして安定しない。
手に持った煙草を放り捨て、地面に腰を着け外壁に寄りかかる。
苦しい、死にそうだ。
まるで煙草を初めて吸った人の反応だ。
昔の姿に戻ったことで体内の器官も同時に若返ったのかもしれない。
真っ黒な肺から穢れを知らない肺へ、煙草の煙を受け付けないデリケートなものになってしまったようだ。
「くそっ」
煙草の箱を握り潰し地面に投げつける。
やれやれ、こんな些細な楽しみも堪能できなくなったのか。
肺だけ以前の物に取り換えてほしい。
この調子だと、舌も若返ってお酒の味すら受け付けなくなっているかもしれない。
世界からほとんどの人間が消えてくれたことまではよかったが、小学生に逆戻りするのは余計なオプションだ。
一ついいことがあれば二つ悪いことが起きる。
そうやってどう足掻いても不幸になるよう人生の帳尻を合わされているように思えた。
「・・・彼女は、一体何者なんだ」
まだ部屋でスヤスヤと眠っているであろう謎の少女について考えてみる。
今まで接してきた辺り、僕の様に彼女が元々大人だったという線はまずないだろう。
似た目も中身も典型的なわんぱく小学生だ。
しかし、彼女の発した一言だけが胸の中に引っかかりを覚えた。
私に家はない。
そう言った彼女の表情には悲しみの欠片もなかった。
そんなものは必要ない、そう言わんばかりの物言いで。
その時だけ、彼女は小学生らしくなかった。
他の何もかもは年相応な反応だけに、あの瞬間だけは際立って違和感を覚えた。
悩みの一つもなさそうなあっけらかんとした子に見えても、抱える闇の一つや二つはあるのかもしれないが。
結局これは夢なんだろうか?
しかしそう落とし所をつけようとするには少女の存在が邪魔をしていた。
人間がほとんど消え失せたのはそういう結末を心のどこかで願っていたから分かる。
小学生の姿に戻ったのも人生をやり直したいと願ったことがあるかもしれないからまだ分かる。
記憶が所々混濁しているのも、夢だと思えば説明がつく。
なら彼女は何だ?
夢というのは自分の願望や様々な外的要因が無差別に絡んで形成されるものだと僕は思う。
僕は彼女を知らないし、元の世界で会っていたという記憶の断片すら見当たらない。
陽気な少女と誰もいない世界で二人遊んで暮らすという、少年時代に満たされなかった欲求を拗らせてできたシチュエーション、と考えるにも自分の思う理想の女の子と比べて彼女は程遠い存在だった。
僕の好みは黒髪ロングで陰りのあるミステリアスな女性だ。
僕と同じような痛みを抱える、そんな傷を二人で舐め合うように肩を寄り添って生きていく。
理想のシチュエーションはむしろそっちの方だ。
少女の存在は、願望が見せる夢の世界で起こったイレギュラー的なものなのかもしれない。
煙草で咽た衝動で荒れた呼吸が徐々に落ち着きを取り戻してくる。
部屋に戻ろうか。
重い腰をどっこいしょと足の力で持ち上げ、若干残ったヤニの弊害が立ち眩みを助長してくる。
さて、これからどうしよう。
取り巻く状況は変わっても外部の世界に変化は見られない。
夢が覚めるまでいつも通りだらけた生活を続ける他ないか。
一度捨てた煙草が惜しくなり、箱を拾って近くにあった水道メーターの箱の中に隠す。
あの子にバレないよう気を付けないとな。
部屋に戻るとユリナは起床しており、リビングのソファに座って僕の帰りを待っているように見えた。
僕に気付いたユリナがこちらを見て、ぱぁと笑顔になったと思ったらそれは数秒後熱が冷めたように失われた。
「リョウ君、煙草吸った?」