「別に・・・いいじゃないか。他に誰もいないし、法律なんて、この世界にはもうないようなものじゃないか」
 投げやりな言い方で言葉を返す。
 彼女は体を小刻みに震わせ両手をぎゅっと強く握りしめ拳を作った。
 赤く染まった頬を膨らませ涙目を浮かべてこちらを訴えるように見てくる。
 全力で伝えた自分の思いが響かなかったことが悔しいのだろう。
 その時胸が詰まる思いがした。
 自分の似た目は小学生に戻っているものの考えの卑屈さは大人の自分の時のままだ。
 比べて彼女の言動、行動を見る辺り似た目も中身も小学生で純粋な心をまだ保持しているように思えた。
 これでまともに言い争えば大の大人が小学生をいじめているのと変わりない。
 今にも泣きだしてしまいそうな彼女を見て、僕はかぶりを左右に振る。
「分かったよ。僕が悪かった。だから泣かないで」
「泣いてなんて、ないもん!」
「そうだね。ごめん。もうこんなことしないからさ」
 僕は右手を彼女の頭の上に乗せ、なだめる様に優しく撫でた。
 少女は涙を手の甲で拭っていく。
 拭き終わるとまた先程見せてくれた明るい笑顔をこちらに向けてくれた。
「約束だからね。んっ」
 小さな小指をこちらに差し出してくる。
 何がしたいのか咄嗟には分からなかったが、指切りげんまんをしたいのだと遅れて理解する。
 僕もまた、小さくなった自分の小指を少女の指に絡めた。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指切った!」と歌いながら上下に何回もスイングされた。
 改めて聞くと相当怖い歌詞だよな、これ。
 屈託のない笑みを浮かべながら言われると尚更だ。
「ふふっ。絶対に約束破っちゃだめだからね。そういえば、あなたの名前は?」
 自分の名前。こんな風に誰かに伝えるのはいつぶりだろう。
 おかしいと思われるだろうが、自分の名前を声に出すのが久しぶり過ぎて、一瞬自分が誰なのかを忘れていたくらいだ。
「香山、リョウ」
 そう言うと彼女の目は大きく見開き口をぽかんと開けた。
「リョウ君・・・かっこいい名前だね!」
 少女は華やかに笑う。僕もつられて笑ってしまいそうな程、彼女の笑顔は太陽の様に眩しくキラキラとしていた。
 反射的に僕も「君の名前は?」と聞いていた。
 そこで彼女は目を細め、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに嬉しそうだった。
「ユリナ!これからよろしくね!リョウ!」
 それがユリナとの出会いだった。
 性格は間違いなく光と影の様に正反対、運命的とは程遠い出会い方だっただろう。
 笑って、怒って、泣いて、また笑って。
 喜怒哀楽の移り変わりが激しい嵐の様な少女。
 どうしようもなく謎に満ちた世界をこんな二人で共存していくことになるなんて。一体何がどうなっているんだか。
 訳もなくけらけらと笑う彼女を見て、ついに僕もつられてクスリと笑った。