夢の中で、また君に会えるから


 仕事から帰り玄関のポスト受けを見ると一通の封筒が入っていた。
 香山リョウ様と書かれた宛名を確認し、封を切ると中身は同窓会の案内状だった。
 また来たか、と心の中でうんざりとする。
 これを見て懐かしいなという心持にはなれないし、彼らと再会し語る様な思い出もなければ卒業後の動向が気になるという事もない。
 案内状の入った封筒をローテーブルの机の上に放り投げ、彼女の残した日記帳の上に被さる形になる。
 彼女が持っていてほしいと、僕に託してくれたのだ。
 僕はスーツから上下スウェットの寝巻に着替えて直ぐに寝床に着く。
 新しいアパートに引っ越してから八年は経とうとしているが、清潔感が保たれた部屋の中で充実した睡眠を得ることができた。
 お酒と煙草をきっぱりとやめたことが大きな転換になったのだろう。
 明日は休日だから昼まで寝てやろう、そう思っていたのだが、朝になれば携帯電話のけたたましい着信音に叩き起こされ、その計画は呆気なく失敗に終わった。
 同窓会、絶対来いよな!もう顔も思い出すことのできない元同級生からの電話だった。
 めんどくさい、興味が無いから行きたくない、当然その旨を伝える度胸が僕にはあるはずもなく誰もが仕方がないと納得するような理由を持ち合わせていない僕は渋々同窓会に参加することになった。

 数週間後、僕は生まれ故郷に帰る。
 一年に数回は実家に顔を出し、決まった記念日には彼女の元へ行くのでそう久しぶりな事ではなかった。
 実家に少ない荷物を置き、元の自室で一旦腰を落ち着ける。
 腕時計で時間を確認すると、集合の十九時まではまだまだ時間が余っていた。
 彼女に、会いに行くか。
 近所の花屋で買った白いカーネーションを一束持って、もう片方の手には水が汲まれたバケツとひしゃくを持っている。
 並べられた多くの墓石の間を潜り抜けるように進んでいき、急勾配の坂道を転げ落ちないよう気を付けながら登っていく。
 途中右に曲がり、コンクリートから砂利になった道を歩き、少しすると立ち止まる。
 木村家之墓、墓石に彫られた文字を確認して目の前に立つ。
「ただいま」
 そう笑って挨拶する。
 当然返事など返ってくるはずもないが、僕はしばらく待ってみた。
 花立に先程買った白いカーネーションを活け、ひしゃくで水を汲んで注いであげる。
 棹石や灯篭にも水を上からゆっくりと流し、付着した汚れを洗い流してあげた。
「最近、温かくなったよなー。真昼はもう上着なんて暑くて着ていられないよ」
 水滴のついた墓石は陽の光を反射して輝く。
 時折吹く春の風が、僕達の間に流れていった。
 君がいなくなってから、八年の月日が流れた。
 僕達の過ごした日々よりも長い時間が経ち、日を追うごとに君の存在が離れてしまうようだった。
「僕、三十二歳になったんだぜ。もうとっくにおっさんだよ。時間なんて、流れてほしくないのにな」
 地面にしゃがんで、胸ポケットから線香入れを取り出して中の一本を手に取り火を点ける。
 振るって火を消すと白い煙が宙を漂って、慎重な手つきで線香を立てる。
 両手を合わせ、目を閉じると彼女の笑顔が呼び起こされた。
 子供の様に無邪気にはしゃいで、僕に抱き着いてくる彼女。
 その温もりや感触を今でも鮮明に覚えている。
 今ここに君がいてくれたなら、どんなに幸せだったんだろう。
「・・・それじゃ、行くね」
 僕は立ちあがり、バケツとひしゃくを持って立ち去ろうとする。
 一歩足を踏み出した瞬間、僕はすぐ歩を止めて振り返る。
「違うな。また、いつか。夢の中で」
 風が、再び吹く。
 ほんのりと温かみを帯びた風が、肌を優しく撫でる様に過ぎ去っていく。
 うん!と答える彼女の声が、どこからか聞こえてきたような気がした。
 僕は空を仰いで小さく笑う。
「ユリナ、今でも僕は、君の事を愛しているよ」
 そう告げて、僕は再び歩き始めた。

〈私も、愛してる〉
 また、彼女の声が聞こえた。

 不思議な夢を見たことがある。
 他の人が誰もいなくて、時間は止まっていて、姿は小学生に逆戻りしている。
 現実と見間違えてしまう程のリアリティがそこにはあって、先程述べた相違点がなければこれが夢の中だと疑うことは永遠になかったのかもしれない。
 路地を歩いていると公園が見えてきて、そこからキーキーと錆びれた金属音が鳴り響いてきた。
 音の正体は一目瞭然だった。
 経年劣化の激しいブランコに乗り、退屈そうに空を仰ぎながら漕ぐ小学四、五年生位の少女がいたからだ。
 僕は公園内に入り、少しずつ少女の元へ近づいていく。
 しばらく少女は気づかなかったが、僕の姿を見るとブランコから瞬時に飛び降りて全速力でこちらの方へと駆けてきた。
「リョウ君!」
 懐かしい叫び声が響き渡る。
 少女はあっという間に目の前まで接近してきて、スピードを緩めることなく僕の胸の中へ飛び込んできた。
 当然小さな体になった僕はその衝撃を受け止めきれるはずもなく地面の方へ崩れ落ちる。
 胸の中に顔を埋めたまま少女はクスクスと笑い始め、ゆっくりと顔を上げる。
 屈託なく笑う、無邪気で可愛らしい笑顔。
 やっぱり好きだな。君のその笑顔が、愛おしくて堪らない。
 僕は少女の小さな頭を丁寧に撫で、少女は心地よさそうに目を細める。
 僕と君しかいない閑散とした世界、またこの場所で再会することができた。
 そこで僕達は陽が暮れるまで遊び倒して、夜になりベッドで眠って起きると元の世界に戻っていた。
 当然少女はいなくなっていたけど、不思議と寂しくはなかった。
 また、必ず会えるから。
 そう信じて疑わなかった。

 僕達が互いを愛し続けている限り、この夢は永遠に続いていくのだから。

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