数週間後、僕は生まれ故郷に帰る。
一年に数回は実家に顔を出し、決まった記念日には彼女の元へ行くのでそう久しぶりな事ではなかった。
実家に少ない荷物を置き、元の自室で一旦腰を落ち着ける。
腕時計で時間を確認すると、集合の十九時まではまだまだ時間が余っていた。
彼女に、会いに行くか。
近所の花屋で買った白いカーネーションを一束持って、もう片方の手には水が汲まれたバケツとひしゃくを持っている。
並べられた多くの墓石の間を潜り抜けるように進んでいき、急勾配の坂道を転げ落ちないよう気を付けながら登っていく。
途中右に曲がり、コンクリートから砂利になった道を歩き、少しすると立ち止まる。
木村家之墓、墓石に彫られた文字を確認して目の前に立つ。
「ただいま」
そう笑って挨拶する。
当然返事など返ってくるはずもないが、僕はしばらく待ってみた。
花立に先程買った白いカーネーションを活け、ひしゃくで水を汲んで注いであげる。
棹石や灯篭にも水を上からゆっくりと流し、付着した汚れを洗い流してあげた。
「最近、温かくなったよなー。真昼はもう上着なんて暑くて着ていられないよ」
水滴のついた墓石は陽の光を反射して輝く。
時折吹く春の風が、僕達の間に流れていった。
君がいなくなってから、八年の月日が流れた。
僕達の過ごした日々よりも長い時間が経ち、日を追うごとに君の存在が離れてしまうようだった。
「僕、三十二歳になったんだぜ。もうとっくにおっさんだよ。時間なんて、流れてほしくないのにな」