そして少しだけ笑った。

「…心がまともじゃなくなる」

「え?」

「それに、私は皆さんが思ってるような人間じゃありません」

 声が明らかに陰った。照れていつつも会話の端々に見えた、日が暮れた直後のような辺りを照らすほのかな薄明かりも彼女が立ち上がったことで完全に断たれてしまう。

「ちょっ…なぁ、今のどういうっ」

 背を向けて歩き出す彼女をはっとして呼び止めれば、藍沢さんは背を向けたまま呟いた。


「今にわかります」


 ☁︎


「どういうことなんだよ…」


 言葉の真意について内田に相談を持ちかけようとしたら「さすがに部活連日サボれねーわ」とあいつにしては正論で返された。茜ねぇやジルに話したとしても藍沢さんとの接触に飛びついて相談なんて二の次になりそうだし。

 放課後、帰宅部で他に頼りの綱がないしがない男子高校生の行くあてったらない。さっきに至ってはそうだ逸人先輩に、って思わず思いつきかけた。この話は先輩と、それから藍沢さんの話だ。間違っても相談なんて出来ないししたら信用問題に関わる。先輩を裏切るようなことは出来ない。

 随分と日没が遠のいた春の今日、脳裏を彼女の姿が横切った。その気はないけれど目蓋の裏に焼き付いた。何かに縋るように訴えたあの瞳。あれは…


「ねぇ、あれやばくない?」


 歩道橋の途中だった。向かいから聞こえた声にふと顔を上げる。


「警察呼んだほうがいいよ」

「えー…!こわいって、」

「いこいこ、」


 何かに怯えたように青ざめてはそそくさとその場を離れる他校の女子高生とすれ違う。なに、喧嘩か? 代わりに橋に手をかけ少しだけ身を乗り出すと、そこから見える土手の方で数人の男子高校生が戯れているのが見えた。

 高校生がするには絶対校則で引っかかるであろう、TVに出ているダンスパフォーマー達がするような髪型に、乱雑に着崩した制服。まさかな、と怒号が届いた瞬間、疑問が確信にすり替わる。