中庭に着いても、武はなかなか本題に入ろうとせずに莉子と雑談を続けている。
でも、武のことだから莉子と話しやすい空気を作るために頑張ってくれているのだろう。

「やっぱ、莉子ちゃん面白いわ。じゃ、俺行くね。本題は奏太が話すってさ」

「え」

ヒラヒラと手を振って走り去っていく武。
取り残された僕と莉子。

沈黙。

すると、莉子が気を利かせて話しかけてくれた。

「2組の奏太くん、だっけ。本題ってなんのこと?」

僕の身長は男子の中では低いものの、平均的な女子よりは高いため、莉子が僕の顔をのぞき込む格好となる。

大きな猫目が僕の瞳を捉えた。
言わなければいけないと思った。

「あ、僕、好きな人がいて。その、手伝ってほしいんです」

弱々しい語尾に情けなくなりながらも、きちんと言えたことに安心した。
ここでグズグズしていては、ただでさえ突飛なお願いなのに、とんでもない迷惑になると思ったから。
それでも莉子の反応が怖くて僕は目をギュッとつむってしまう。

「私そういう話大好き!んで、誰なの?」

予想以上に明るい声色に安心して目を開くと、莉子は大きな瞳を輝かせていた。
今度は怯えることもためらうこともなく言った。

「8組の中村美香さんなんだけど」

莉子の元々大きな瞳がさらに大きくなった。驚いているようだった。
すると、徐々に目の光りが失われていき、目の真ん中が一段と黒々として見えた。

何かまずいことを言ってしまったのだろうか。
僕は慌てて言葉を付け加える。

「い、1年前に1度話して、それからずっと好きで」

「わかったから」

僕の言葉を遮った莉子の言葉には有無を言わせない迫力があって、僕は口を噤んだ。

「あんたの……」

「え?」

莉子の口が動いたが聞き取れなかった。
ていうか、お前、って言った?

「あんたの分際で美香に近づけると思ってんの?」

僕は一瞬自分の耳を疑ったが、それは確かに莉子の口から発せられたものだった。
証拠に今の莉子から大きな目は嫌悪に満ちている。

「美香はさ、誰にでも優しいから。気まぐれであんたみたいなの相手にしてあげただけ。勘違いすんな」

6,7限の集会での笑顔と、さっきはキラキラした瞳からは想像もできない発言とオーラ。

そもそも今が初対面なのに、どうして僕はこんなに嫌われてるの。
それに、これが一方通行の片思いであることはこの1年で充分に自覚していた。

でも、頑張ったらいけると思ったのだろうか。
僕みたいなのでも、誰かに手伝ってもらえたら恋が実るかもしれないと。
それは確かにとんでもない自惚れな気がした。
僕は僕みたいなのにいつの間にか期待していたのかもしれない。

「僕のことが嫌いならごめん。確かに勘違いしてたかもしれない。やっぱり諦めた方がいいのかな」

「べ、別にあんたのことが嫌いってわけじゃない。ていうか、そんなんで諦めるならやっぱり私はあんたのこと認めない」

え?
ますます僕は混乱する。

「諦めなくて良いってこと?」

「私に聞くな、自分で考えろよ。どうしたって私は認めないけどね」

莉子はそう叫んで、その場から逃げ去ってしまった。