「人は自分が発した感情に責任を持たなきゃいけない。でも他人が発した感情に対して責任を持つ必要は無いんだ。奏太に向けられた憎悪や嘲笑は、奏太のせいじゃない。他人が処理すべき問題だ。俺は他人の責任まで請け負う奏太がいつか壊れてしまうんじゃないかって心配だった。俺が守らなきゃって思ったんだ」
僕は武の言っていることがよく分かった。
僕はなんでも僕のせいにすることが他人と共生するための手段だった。
他人の過ちに気付くことは、僕にとって恐ろしいことだった。
だけど、いつか僕の処理槽はキャパオーバーするだろうとも思っていた。
「だから、これから俺が奏太に伝える気持ちも奏太にはなんの責任もない。俺はお前がこれからどういう態度を取っても何も言わない。返事をしてもしなくてもいいし、避けてもいい。無かったことにしてもいい。そうは言っても、告白っていうものはその行為自体が罪なのかもしれないけど」
そう言って、武は僕の腰に手を当ててぐっと引き寄せた。
「えっ」
突然のことに戸惑う。
僕の鼻先があと3ミリで武の鼻先にぶつかりそうなくらい近い。
近くで見る武の切れ長で二重まぶたの目は、とても綺麗な形だと思った。
日本人にしては薄い色の茶色い瞳が夕焼けの赤を映していた。
茶色い武のツンツンした髪の毛夕日の光によって金色に光っていた。
「好きだ。1年の頃から、ずっと」
そう言って、武と比べて細く小さい僕の体を武の大きな腕がふわっと包んだ。
武は数秒間僕を抱きしめた後、体を離し、大きな手で僕の頭をさらりと撫でて、校舎の中に入っていった。
僕はしばらく動くことが出来なかった。
嫌だとは思わなかったけど、嬉しいとは全く思わなかった。
突然のことすぎて、驚きと困惑が大きかった。
僕の同級生には、他人からの好意は無条件に嬉しい、という人もいる。
それは人それぞれだろうけど、少なくとも僕の美香に対する想いは、端からみたら心地良いものじゃない気がした。
僕が好意に対して、疑心暗鬼なところがあったり、責任を感じてしまうからかもしれない。
それになんとも思ってない人間からの好意なんて恐怖でしかない。
じゃあ、どうして武からの好意は恐怖にならなかったのか。
武が、僕が美香のことを好きなのと同じベクトルの気持ちを僕に向けてるのは分かっているが、僕は完全には理解していないのかもしれない。
勿論、武のことを人として妬ましくも、羨ましくも、尊敬している、というのは理由の1つだろう。
しかし、結局、僕は異性愛者で同性愛を本質的に理解することは出来ず、武の好意を恋愛として捉えることが難しいのだ。
人を好きになるのは自由だけれど、それを自分以外の誰かに伝えたり、何かに表したりすることは、やはり罪なのかもしれない。
僕は罪を犯すのだろうか。
武のことを考えていたはずなのに、いつのまにか美香のことを考えていた僕は、やっぱり美香のことが好きなのだ。