身体に電流が走った、なんて使い古された言い方だけど、僕が中村美香と出会った時を表すにはそれ以上に適当な表現はない。

高校2年生の7月初め頃。
昼食後、図書室に行くのは中学の頃からの習慣だった。
図書室の司書さんに軽く頭を下げる以外に人と関わる必要がない。
誰にも話しかける必要がないし、同様に誰からも話しかけられることがない。
たった10数分だが、教室の喧騒から逃れられる唯一の時間が僕にとっては大切なひと時だった。
文庫本の棚の辺りで特に意思も無く、所狭しと並ぶ本の背に書いてあるタイトルに目を滑らせていた。
そのひとつに手をかけたその時。

「あ、その本」

「うわっ」

まずは、僕の至近距離から発せられた女子の声に驚いた。
勢いよく振り返ると思いがけず近い距離でまた声を出してしまいそうだったが、今度は堪えた。
いつの間にこんな近くに。

「ごめん、急に話しかけてびっくりさせちゃったよね」

申し訳なさそうに眉毛をハの字にして、両手を顔の前で合わせている女子生徒に見覚えは無かった。
少なくとも同じクラスになったことはない。
しかし、僕の鼓動はまるで全身が心臓になったかのように煩くなり、首の後ろ側の付け根から耳の後ろまでが、かあっと熱くなった。


「え、いや、大丈夫、です」

しどろもどろな上に徐々に声が小さくなる。今思えば最悪だが、その時はそんな事を気にする余裕は無かった。
それこそ思考回路はショート寸前だった。

「よかった。私、その本好きなんだ。何度か借りたんだけど、この前ついに買っちゃった」

僕と話しても楽しいことなんか無いのに、目の前の少女は楽しそうに笑う。

「そうなんだ。よほど好きなんだね」

平静を装ったものの、やはり気の利いた言葉など出てこなかった。

「うん、とても」

そう微笑んで彼女は図書室から出て行った。
その笑顔や全体的に色素薄めの肌の色や瞳や肩まで伸びた髪の毛が今でも僕の目に焼き付いている。

その日当然のように僕はその本を借りて帰った。
僕はその本を貸し出し期限の2週間、何度も読み返したし、その後も度々借りた。

彼女の名前は、2年生の秋頃に配られた生徒会のメンバー紹介で知った。顔写真と名前とクラスと役職が書いてあるプリントだ。
彼女は文系クラスで僕は理系クラスだったから、もう同じクラスになる可能性がないことに落胆した。
いつもだったら直ちにゴミ箱行きだが、3日くらいそのプリントは取っておいた。

しかし、その後自分の行為がストーカーじみている気がして捨てた。
あれから1年間、僕が一方的に彼女を見かけることはあっても、目が合うことは無く、話しかけることも話しかけられることもなかった。

だが、今僕は浮き足立っている。