【大門寺トオルの告白④】
後輩で部下のアラン・ベルクール騎士爵が手配したスペシャルなイベント。
それは王国宰相主催の『ヴァレンタイン王国異業種交流会』
開催場所も同じくスペシャル、王都で今一番流行の凄い店で行われる。
浮き浮き気分の今、俺は速足で歩んでいる。
誘ってくれたアラン、そして同行する後輩のリュカと待ち合わせをした場所は……
王都セントヘレナでは、最もポピュラーな、中央広場大魔導時計下だ。
今日も変わらず、大勢の待ち合わせらしき人々で、ごったがえしているだろう。
そもそもこの王都は、前世地球における中世西洋の街で良く見られた構造をしている。
中心部に大きな広場が造られ、そこから放射線状に延びた道に、各街区が区切られていた。
但し、普通の街と違うのは、中央広場自体がとてつもなく広い事。
その上通常は街の奥へ……
有事の際は城塞を兼ねる為、高台に造られるはずの王宮が、中央広場に造られている事である。
だから他の街と比べても、中央広場の地位は高く、活気が半端ない。
国賓の来訪とか、何か特別な催しがない限り、様々な市場や露店も立ってにぎやかだ。
あちこちに立っている、俺達とは別部隊の王宮専門警護の屈強な騎士達。
彼等が睨みを効かせるお陰で、悪さをする奴も滅多に居ない。
それ故、治安もバッチリで、自然と人も集まる。
裏通りに入れば、結構治安の悪い王都なのだが……
中央広場だけは、安心して女の子とデートが出来る場所なのだ。
そんなこんなで、時間はまもなく午後5時30分。
アラン、リュカとの待ち合わせ時間である。
よし、待ち合わせ場所に到着。
予想通り、大魔導時計下は凄い人混みである。
やっべ~!
後輩達の手前、さすがに遅刻はまずい!
俺が焦って、辺りを見渡すと、
「あ~っ、副長こっち~~っす!」
人混みの中で、リュカが大声で叫び、手を「ぶんぶん!」振っていた。
時間は、午後5時30分ほんの少し前。
リュカの下へ駆けつけると、魔導時計の鐘が趣きのある音を鳴り響かせた。
何とか、セーフというところだ。
まずはぎりぎりの到着を、リュカへ謝罪する。
こんな時、待たせた相手が後輩だからといって、全く気配りせず、さも当然とか……
「俺は全然悪くないのだ!」なんていう、
傲岸不遜光線をバリバリ発射みたいな、登場をする人は……
老若男女問わず絶対に嫌われる。
「悪い! リュカ、待たせたな」
「いや、僕もさっき来たっす。それにまだ、アランさんが来ていませんから」
「え? そうなの?」
「アランさん、大丈夫っすかね?」
リュカが、盛んに時間を気にする。
対して、俺はあまり心配していない。
「まあ、あいつは要領が凄く良いから、大丈夫だと思うよ」
俺とリュカは、暫し待ったが……
アランは、中々来ない。
交流会は、午後6時開始。
だから、もうあまり時間がない。
さすがに、少しだけ焦って来た。
だが、ひと安心。
俺が到着し、更に10分ほど経って……
ようやく、アランがやって来た。
それも、俺とリュカが良く知る逞しい偉丈夫を引き連れて。
あれ?
ジェローム隊長だ。
もしかして、一緒に参加する予定なのかな?
「申しわけないです。ちょっと遅刻かな? 副長、結構待ちました?」
アランも俺と同じだった。
遅れて来たら、しっかり謝る。
まあ、悪い事をしたら謝るって、
人としては当然なんだよね。
まあ、隊長が一緒なので、遅れて来た原因は想像がつく。
「いやいや、大丈夫。急げば間に合うよ。それよりジェローム隊長わざわざお疲れ様です」
と、俺も笑顔で返し、大魔導時計を指さす。
午後6時までは、あと10分少ししかない。
「すまんな、クリス。遅れたのはアランが原因だ。奴が急に誘うから支度に手間取った」
「そうなんですか?」
「ああ、無理やり連れて来られてな。何とか業務の都合がついたので今夜は付き合うぞ」
「成る程」
俺は笑顔で頷いた。
だが……
ジェローム隊長の話は怪しい。
名家カルパンティエの御曹司で騎士隊隊長。
引く手あまたで、舞い込む結婚話も多いはずなのに、ジェローム隊長はいまだに独身である。
そんな隊長の実情を、付き合いの長い俺やアランはとても良く知っている。
確かに隊長は凄く硬派で男らしい。
しかし女性にはとても奥手、且つ不器用なのだ。
多分……
アランは気を遣って、隊長に『出会いの機会』を作ろうと、無理やり誘ったのだと思う。
なのに隊長の今のコメントに対しても、余計な事は一切言わない。
男の俺だって、好ましい奴だと思う。
それどころか、アランはいつもの爽やかな笑顔まで見せている。
ビジュアルも素敵だ
……実際、彼の日焼けした顔の中で……
少しだけ開いた口に見える歯が、やたら白いのが目立つもの。
そんな事をつらつらと考えていたら……
遅刻の張本人? ジェローム隊長が俺を促す。
「クリス、皆、急ごう。フィリップ殿下の主催なら、遅刻はまずいぞ」
「はい、急ぎましょう」
「分かりました」
「走るっす」
俺、アラン、リュカの3人はいつもの訓練通り、隊長の命令に打てば響けとばかりに返事をし、一斉に走り出したのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この世界の合コン……
俺が憑依したクリスが参加していた『自由お見合い』は、
お店を貸し切る事が殆どだ。
いつも店を貸し切るなんて、確かにお金はかかる。
だが、はっきりとした理由がある。
この異世界は誰彼構わず、強気なナンパが当たり前らしい。
可愛い女子が居たら、声をかけない事自体が罪、
なんて前世の某国みたいな気質が充満している。
とはいえ、店内に居る見ず知らずな他の客から、
参加メンバーの女の子へちょっかいを出されたら、まずい。
折角の雰囲気をぶち壊されてしまう。
人の幸福を、他人は羨むもの。
それが、『女性絡み』だと尚更である。
だが今日の店は、いつもとは違う。
何せ王国宰相主催のイベントだ。
全てが王国負担。
使う金は一切なし。
そして貸し切る店の規模も、桁が違う。
今回の場所だって、王家の企画立案者が流行を考慮している。
先頭にはアランが立ち、俺とジェローム隊長は、リュカを従え、
歩いて行く。
やがて……
店が、見えて来た。
実をいうと、今日の店はとても特殊である。
何と!
地下迷宮を改造した現在大人気な、スポット。
その名を『ラビュリントス』という、レジャー施設内のレストランなのだ。
何故、迷宮が王都にあるのか?
理由というか、話はこうだ。
……今から数百年ほど前、王国に歯向かう、ひとりの男性魔法使いが居た。
王宮魔法使い候補筆頭だった魔法使いは……
妬みから足を引っ張る同僚の嫌がらせと根も葉もないデマを流され、呆気なく失脚した。
デマを信じた王家を憎んだ彼は嫌がらせも兼ね、王都の至近距離に迷宮を作り上げたのだ。
地下10階まである、まあまあの規模の迷宮であり……
魔法使い自身は最下層に引きこもる。
だが、迷宮のある場所は、とんでもなかった。
何と!
至近距離も至近距離、迷宮の入り口が、正門の真ん前だったのだ。
こうなると、さすがに王国も放ってはおけず、魔法使いへ何度か迷宮の封鎖と退去を命じた。
だが、件の魔法使いは完全無視。
こうなると、もう強制撤去しかない!
という事で、王国は騎士隊を派遣した。
しかし、なかなかうまくは行かなかった。
魔法使いが、ダンジョンコアと共に存在する最下層までには……
彼が召喚した、怖ろしい魔物共が徘徊していたからである。
魔法使い討伐に向かった、多くの騎士達が迷宮において命を落とした。
業を煮やした王国は、冒険者達に迷宮探索を開放。
憎き魔法使いに、莫大な懸賞金をかけて討伐を命じた。
数多の冒険者達が迷宮攻略を目指したが、結構大変だったらしい。
件の魔法使いが、いつまで生きていたのか、分からないが……
魔法使いが引きこもって、約100年後、迷宮はとうとう攻略され、ダンジョンコアは完全に破壊されたのである。
多くの騎士や冒険者が死に……
呪われ不吉な場所だとされた迷宮は、攻略後、あっさり埋められてしまった。
そして、長きに亘りそのままになっていた……
そんな迷宮が、注目を浴びたのは、王都の拡張工事が発生した偶然からであった。
元々、迷宮がある場所の、街壁が老朽化した為……
ついでに街を拡張しようという話が持ち上がった。
そして人々に忘れ去られていた迷宮が、暫くぶりに発見されたのが、約50年ほど前……
迷宮は扉に魔法で封印がされ、入り口付近を埋められただけであったので、殆ど無傷だったらしい。
王国は自国の損害を避ける為に、またもや報償金を出して迷宮の探索を命じた。
度胸試しも兼ね、報奨金目当てに多くの冒険者が参加した。
幸い迷宮内には、人間に致命的な脅威を与える敵は居なかった。
嫌らしい罠も老朽化の為か役に立たなくなっていたし、物理的な攻撃手段しか持たぬ旧式のゴーレムに小型の昆虫系の魔物のみ……
冒険者達は、実入りの良い仕事をこなし、うはうはで莫大な金を得たという。
こうして安全になった迷宮は……
暫く騎士隊や冒険者ギルドの模擬戦闘の訓練用に使われていた。
だが、5年ほど前に民間へ払い下げられた。
迷宮を取得したのは某商会であり、彼らはこの迷宮を大幅に補修した。
センスの良い装飾を施し、レストランをメインにした地下商店街を造り上げてしまう。
更に、客足が多いのを見越し、増築工事を行った。
疑似迷宮探索体験や魔法射的場が出来る遊園地などを備えた、一大レジャーランドにしてしまったのだ。
そのレジャーランド『ラビュリントス』が、オープンしたのが去年である。
前置きが長くなってしまったが……
今夜のパーティ会場は、そのレジャーランド内のレストラン、
その名も『探索《クエスト》』
宴会用の大型個室である。
ここで、アランが「そっ」と俺へ耳打ちした。
「クリス副長」
「ん?」
「申しわけありません。今夜、僕にはやらねばないならない事があります」
「やらねばならない事?」
「理由は……聞かないでください。僕の人生がかかっています」
「おいおい、アラン、人生って大袈裟な……」
「本当に本当です。なので今夜はジェローム隊長をしっかりとサポートして欲しいんです」
こんな時、絶対に嫌がらず、
「打てば響く!」のがクリスこと俺の真骨頂である。
理由も聞かずに、即座に快諾するのがお約束だ。
こういう迅速な対応が、次の合コンへ呼ばれる事に繋がる。
「了解! 任せろ」
俺の気合の入った返事を聞いてアランは満足そうだ。
「ありがとうございます。とても助かります。それと重ね重ねで誠に申し訳ありませんが……最初の挨拶だけは僕がやります。だから、それ以降の司会進行をお願いします」
「挨拶以降の司会を? 俺にか?」
「ええ……個室を予約してありますから」
「成る程」
ふ~ん、そうか。
何となく分かって来た。
自分で仕切っておいて、司会をやらないって事は……
アランはもう、相手のグループに、
『目当ての子』つまり本命が居るって事か。
まあ、良い……
今夜、ここへ俺達を連れて来てくれたのは……アランなのだから。
情けは、人の為ならずともいう……
最初に頼まれたジェローム隊長だけではなく、機会があればアランの方も、しっかりフォローしてあげよう。
俺は念の為、聞いておく。
「一応確認しておきたいが……ジェローム隊長のサポートは、開始以降で良いのか?」
「ええ、7時少し前まで、僕とジェローム隊長は別件があります。だから副長とリュカは、自由行動でOKです」
「了解した」
いやいや、本当にありがたい!
アランの、優しい気配りを感じる。
トオルの俺は異世界の交流会ってやつを楽しんでみたいし、個人的にも知り合いを作って、新たな人脈も広げたい。
まあアランも、俺を使って、今後合コンを頼んでくるかもしれない。
こういうふうに世の中は、持ちつ持たれつである。
まあ、アランほどではないが……
冗談抜きで、今回はビッグチャンスかもしれない……
だが過去のトオルの経験上、直近の結果だけ求めるようでは、次回へはつながらない。
出来れば『彼女』を作りたいと思うけれど、上手く行くとは限らない。
いや、『彼女』が出来ない可能性の方が、却って高い。
最初から、そんな後ろ向きじゃあ、いけないのだけれど。
世の中は、そう甘くない。
まあ、全力を尽くすのみ!
俺は気合を入れ直して、再び店を眺めたのであった。
後輩で部下のアラン・ベルクール騎士爵が手配したスペシャルなイベント。
それは王国宰相主催の『ヴァレンタイン王国異業種交流会』
開催場所も同じくスペシャル、王都で今一番流行の凄い店で行われる。
浮き浮き気分の今、俺は速足で歩んでいる。
誘ってくれたアラン、そして同行する後輩のリュカと待ち合わせをした場所は……
王都セントヘレナでは、最もポピュラーな、中央広場大魔導時計下だ。
今日も変わらず、大勢の待ち合わせらしき人々で、ごったがえしているだろう。
そもそもこの王都は、前世地球における中世西洋の街で良く見られた構造をしている。
中心部に大きな広場が造られ、そこから放射線状に延びた道に、各街区が区切られていた。
但し、普通の街と違うのは、中央広場自体がとてつもなく広い事。
その上通常は街の奥へ……
有事の際は城塞を兼ねる為、高台に造られるはずの王宮が、中央広場に造られている事である。
だから他の街と比べても、中央広場の地位は高く、活気が半端ない。
国賓の来訪とか、何か特別な催しがない限り、様々な市場や露店も立ってにぎやかだ。
あちこちに立っている、俺達とは別部隊の王宮専門警護の屈強な騎士達。
彼等が睨みを効かせるお陰で、悪さをする奴も滅多に居ない。
それ故、治安もバッチリで、自然と人も集まる。
裏通りに入れば、結構治安の悪い王都なのだが……
中央広場だけは、安心して女の子とデートが出来る場所なのだ。
そんなこんなで、時間はまもなく午後5時30分。
アラン、リュカとの待ち合わせ時間である。
よし、待ち合わせ場所に到着。
予想通り、大魔導時計下は凄い人混みである。
やっべ~!
後輩達の手前、さすがに遅刻はまずい!
俺が焦って、辺りを見渡すと、
「あ~っ、副長こっち~~っす!」
人混みの中で、リュカが大声で叫び、手を「ぶんぶん!」振っていた。
時間は、午後5時30分ほんの少し前。
リュカの下へ駆けつけると、魔導時計の鐘が趣きのある音を鳴り響かせた。
何とか、セーフというところだ。
まずはぎりぎりの到着を、リュカへ謝罪する。
こんな時、待たせた相手が後輩だからといって、全く気配りせず、さも当然とか……
「俺は全然悪くないのだ!」なんていう、
傲岸不遜光線をバリバリ発射みたいな、登場をする人は……
老若男女問わず絶対に嫌われる。
「悪い! リュカ、待たせたな」
「いや、僕もさっき来たっす。それにまだ、アランさんが来ていませんから」
「え? そうなの?」
「アランさん、大丈夫っすかね?」
リュカが、盛んに時間を気にする。
対して、俺はあまり心配していない。
「まあ、あいつは要領が凄く良いから、大丈夫だと思うよ」
俺とリュカは、暫し待ったが……
アランは、中々来ない。
交流会は、午後6時開始。
だから、もうあまり時間がない。
さすがに、少しだけ焦って来た。
だが、ひと安心。
俺が到着し、更に10分ほど経って……
ようやく、アランがやって来た。
それも、俺とリュカが良く知る逞しい偉丈夫を引き連れて。
あれ?
ジェローム隊長だ。
もしかして、一緒に参加する予定なのかな?
「申しわけないです。ちょっと遅刻かな? 副長、結構待ちました?」
アランも俺と同じだった。
遅れて来たら、しっかり謝る。
まあ、悪い事をしたら謝るって、
人としては当然なんだよね。
まあ、隊長が一緒なので、遅れて来た原因は想像がつく。
「いやいや、大丈夫。急げば間に合うよ。それよりジェローム隊長わざわざお疲れ様です」
と、俺も笑顔で返し、大魔導時計を指さす。
午後6時までは、あと10分少ししかない。
「すまんな、クリス。遅れたのはアランが原因だ。奴が急に誘うから支度に手間取った」
「そうなんですか?」
「ああ、無理やり連れて来られてな。何とか業務の都合がついたので今夜は付き合うぞ」
「成る程」
俺は笑顔で頷いた。
だが……
ジェローム隊長の話は怪しい。
名家カルパンティエの御曹司で騎士隊隊長。
引く手あまたで、舞い込む結婚話も多いはずなのに、ジェローム隊長はいまだに独身である。
そんな隊長の実情を、付き合いの長い俺やアランはとても良く知っている。
確かに隊長は凄く硬派で男らしい。
しかし女性にはとても奥手、且つ不器用なのだ。
多分……
アランは気を遣って、隊長に『出会いの機会』を作ろうと、無理やり誘ったのだと思う。
なのに隊長の今のコメントに対しても、余計な事は一切言わない。
男の俺だって、好ましい奴だと思う。
それどころか、アランはいつもの爽やかな笑顔まで見せている。
ビジュアルも素敵だ
……実際、彼の日焼けした顔の中で……
少しだけ開いた口に見える歯が、やたら白いのが目立つもの。
そんな事をつらつらと考えていたら……
遅刻の張本人? ジェローム隊長が俺を促す。
「クリス、皆、急ごう。フィリップ殿下の主催なら、遅刻はまずいぞ」
「はい、急ぎましょう」
「分かりました」
「走るっす」
俺、アラン、リュカの3人はいつもの訓練通り、隊長の命令に打てば響けとばかりに返事をし、一斉に走り出したのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この世界の合コン……
俺が憑依したクリスが参加していた『自由お見合い』は、
お店を貸し切る事が殆どだ。
いつも店を貸し切るなんて、確かにお金はかかる。
だが、はっきりとした理由がある。
この異世界は誰彼構わず、強気なナンパが当たり前らしい。
可愛い女子が居たら、声をかけない事自体が罪、
なんて前世の某国みたいな気質が充満している。
とはいえ、店内に居る見ず知らずな他の客から、
参加メンバーの女の子へちょっかいを出されたら、まずい。
折角の雰囲気をぶち壊されてしまう。
人の幸福を、他人は羨むもの。
それが、『女性絡み』だと尚更である。
だが今日の店は、いつもとは違う。
何せ王国宰相主催のイベントだ。
全てが王国負担。
使う金は一切なし。
そして貸し切る店の規模も、桁が違う。
今回の場所だって、王家の企画立案者が流行を考慮している。
先頭にはアランが立ち、俺とジェローム隊長は、リュカを従え、
歩いて行く。
やがて……
店が、見えて来た。
実をいうと、今日の店はとても特殊である。
何と!
地下迷宮を改造した現在大人気な、スポット。
その名を『ラビュリントス』という、レジャー施設内のレストランなのだ。
何故、迷宮が王都にあるのか?
理由というか、話はこうだ。
……今から数百年ほど前、王国に歯向かう、ひとりの男性魔法使いが居た。
王宮魔法使い候補筆頭だった魔法使いは……
妬みから足を引っ張る同僚の嫌がらせと根も葉もないデマを流され、呆気なく失脚した。
デマを信じた王家を憎んだ彼は嫌がらせも兼ね、王都の至近距離に迷宮を作り上げたのだ。
地下10階まである、まあまあの規模の迷宮であり……
魔法使い自身は最下層に引きこもる。
だが、迷宮のある場所は、とんでもなかった。
何と!
至近距離も至近距離、迷宮の入り口が、正門の真ん前だったのだ。
こうなると、さすがに王国も放ってはおけず、魔法使いへ何度か迷宮の封鎖と退去を命じた。
だが、件の魔法使いは完全無視。
こうなると、もう強制撤去しかない!
という事で、王国は騎士隊を派遣した。
しかし、なかなかうまくは行かなかった。
魔法使いが、ダンジョンコアと共に存在する最下層までには……
彼が召喚した、怖ろしい魔物共が徘徊していたからである。
魔法使い討伐に向かった、多くの騎士達が迷宮において命を落とした。
業を煮やした王国は、冒険者達に迷宮探索を開放。
憎き魔法使いに、莫大な懸賞金をかけて討伐を命じた。
数多の冒険者達が迷宮攻略を目指したが、結構大変だったらしい。
件の魔法使いが、いつまで生きていたのか、分からないが……
魔法使いが引きこもって、約100年後、迷宮はとうとう攻略され、ダンジョンコアは完全に破壊されたのである。
多くの騎士や冒険者が死に……
呪われ不吉な場所だとされた迷宮は、攻略後、あっさり埋められてしまった。
そして、長きに亘りそのままになっていた……
そんな迷宮が、注目を浴びたのは、王都の拡張工事が発生した偶然からであった。
元々、迷宮がある場所の、街壁が老朽化した為……
ついでに街を拡張しようという話が持ち上がった。
そして人々に忘れ去られていた迷宮が、暫くぶりに発見されたのが、約50年ほど前……
迷宮は扉に魔法で封印がされ、入り口付近を埋められただけであったので、殆ど無傷だったらしい。
王国は自国の損害を避ける為に、またもや報償金を出して迷宮の探索を命じた。
度胸試しも兼ね、報奨金目当てに多くの冒険者が参加した。
幸い迷宮内には、人間に致命的な脅威を与える敵は居なかった。
嫌らしい罠も老朽化の為か役に立たなくなっていたし、物理的な攻撃手段しか持たぬ旧式のゴーレムに小型の昆虫系の魔物のみ……
冒険者達は、実入りの良い仕事をこなし、うはうはで莫大な金を得たという。
こうして安全になった迷宮は……
暫く騎士隊や冒険者ギルドの模擬戦闘の訓練用に使われていた。
だが、5年ほど前に民間へ払い下げられた。
迷宮を取得したのは某商会であり、彼らはこの迷宮を大幅に補修した。
センスの良い装飾を施し、レストランをメインにした地下商店街を造り上げてしまう。
更に、客足が多いのを見越し、増築工事を行った。
疑似迷宮探索体験や魔法射的場が出来る遊園地などを備えた、一大レジャーランドにしてしまったのだ。
そのレジャーランド『ラビュリントス』が、オープンしたのが去年である。
前置きが長くなってしまったが……
今夜のパーティ会場は、そのレジャーランド内のレストラン、
その名も『探索《クエスト》』
宴会用の大型個室である。
ここで、アランが「そっ」と俺へ耳打ちした。
「クリス副長」
「ん?」
「申しわけありません。今夜、僕にはやらねばないならない事があります」
「やらねばならない事?」
「理由は……聞かないでください。僕の人生がかかっています」
「おいおい、アラン、人生って大袈裟な……」
「本当に本当です。なので今夜はジェローム隊長をしっかりとサポートして欲しいんです」
こんな時、絶対に嫌がらず、
「打てば響く!」のがクリスこと俺の真骨頂である。
理由も聞かずに、即座に快諾するのがお約束だ。
こういう迅速な対応が、次の合コンへ呼ばれる事に繋がる。
「了解! 任せろ」
俺の気合の入った返事を聞いてアランは満足そうだ。
「ありがとうございます。とても助かります。それと重ね重ねで誠に申し訳ありませんが……最初の挨拶だけは僕がやります。だから、それ以降の司会進行をお願いします」
「挨拶以降の司会を? 俺にか?」
「ええ……個室を予約してありますから」
「成る程」
ふ~ん、そうか。
何となく分かって来た。
自分で仕切っておいて、司会をやらないって事は……
アランはもう、相手のグループに、
『目当ての子』つまり本命が居るって事か。
まあ、良い……
今夜、ここへ俺達を連れて来てくれたのは……アランなのだから。
情けは、人の為ならずともいう……
最初に頼まれたジェローム隊長だけではなく、機会があればアランの方も、しっかりフォローしてあげよう。
俺は念の為、聞いておく。
「一応確認しておきたいが……ジェローム隊長のサポートは、開始以降で良いのか?」
「ええ、7時少し前まで、僕とジェローム隊長は別件があります。だから副長とリュカは、自由行動でOKです」
「了解した」
いやいや、本当にありがたい!
アランの、優しい気配りを感じる。
トオルの俺は異世界の交流会ってやつを楽しんでみたいし、個人的にも知り合いを作って、新たな人脈も広げたい。
まあアランも、俺を使って、今後合コンを頼んでくるかもしれない。
こういうふうに世の中は、持ちつ持たれつである。
まあ、アランほどではないが……
冗談抜きで、今回はビッグチャンスかもしれない……
だが過去のトオルの経験上、直近の結果だけ求めるようでは、次回へはつながらない。
出来れば『彼女』を作りたいと思うけれど、上手く行くとは限らない。
いや、『彼女』が出来ない可能性の方が、却って高い。
最初から、そんな後ろ向きじゃあ、いけないのだけれど。
世の中は、そう甘くない。
まあ、全力を尽くすのみ!
俺は気合を入れ直して、再び店を眺めたのであった。