【大門寺トオルの告白②】

 俺は自宅で……
 楽しい明日を夢見て寝ていたはずなのに……

 ふと、気が付いたら馬上の人だった。
 何か西洋風のいかつい鎧を着て、鼻あてのついたの鉄兜を被り、結構重い幅広の鉄製剣を腰からぶら提げていた。

 これ、何!?
 どこぞのコスプレかぁ?
 頭が混乱して、思わず馬から落ちそうになった。
 我に返って、両膝で馬の腹を挟んで身体を支え、事なきを得たけれど。

 大袈裟ともいえるくらいの深呼吸、息を思い切り吸い込んで吐いた。
 ようやく落ち着いて、辺りを見回したら……
 自分と同じように鎧を着てサーコートを羽織った男性の騎馬騎士が大勢居た。

 何だ?
 この男達は?
 見知らぬ外人ばっかり。
 
 どこの誰だよ?
 やっぱコスプレ?
 それとも祭りの仮装行列?
 テーマは騎士団か、何かか?

 それに俺は、こいつらとどこへ行って何をするつもりなのだろう?
 そもそも今居る場所はどこで、一体いつ何時なんだろう?

 疑問がたくさん。
 途切れなく噴き上げる間欠泉のように湧き上がって来る。

 つい苦笑した。
 羽織っているものが騎士用の外套『サーコート』って……
 すぐ分かる俺はやっぱり中二病。
 
 普段愛読するラノベ……
 つまり大好きなライトノベルの読み過ぎで、白昼夢でも見ているのかと思った。

 ちなみに今読んでいるラノベは最強魔法使いが活躍するシリーズもの。
 登場人物がたくさん出る群像劇的な学園ファンタジーで、主人公と絡むヒロインも多く、全員が超絶美少女揃い。
 主人公は滅茶苦茶モテモテだから、いつも羨ましいと思いつつ読んでいたけど……

 昨夜は違った。
 理想の女性ともいえるリンちゃんとした、楽しいデートの余韻《よいん》があって、全然余裕を持って読書を楽しめたのだ。

 ラノベの続きを読みながらより強く思った。
 
 待ってろ!
 いずれ俺もそっちへ行く。
 必ず主人公のように『リア充』となるって。

 リンちゃんが提案してくれるという次回のデートを想い、
 幸せな気分で眠りについたから。

 そんな幸せが、一気に吹っ飛んだ。
 本当に『こっち』へ来てしまった。

 見たところ、鎧や剣も絶対に『まがい物』じゃない。
 本物の持つ重みと凄みが伝わって来る。

 と、いう事は……
 まるでラノベのような中世西洋風の世界へ来た。
 これって異世界転生?
 剣と魔法の世界?
 
 じゃあ、とびきりの冒険が俺を待っている?
 うん!
 素晴らしい!

 いやいや!
 そんな事を期待している場合じゃない。
 
 ヤバイぞ、これは!
 本当にヤバイ!!

 だって、もう帰れない?
 元居た世界には二度と戻れない?
 
 そんな非情な現実が見えて来る。
 運命が「ガラリ」と変わったという確信が芽生えて来る……
 となれば、リンちゃんとも絶対に会えない。

 初対面、そしてデートと……
 あんなにうまく行っていたのに……
 やっと出会えた運命の女性(ひと)だと思ったのに……

 おいおい!
 どうしてくれるんだ、神様!
 俺の幸せを返してくれ!
 何か補償を考えてくれ!
 
 と、魂が叫んでいたその時。

「失礼して報告します。クリス副長、もうじき目的地へ着きますよ」

 この場に全く似合わない、透き通った爽やかな声が、俺へ告げる。
 ええっと?
 現状の報告って奴かな?

 は?
 でも?
 クリス副長って呼ばれたぞ
 ……誰それ?

 一瞬ポカンとしたがすぐに気が付いた。

 ……あ、ああ、何だ、俺か!
 もしかして、この俺の事なんだ、クリスって。

 この名前、たとえば栗栖とか?
 いや、違う。
 
 ちらっと見やれば……
 そもそも話しかけて来ているのは金髪碧眼のイケメン外人さん……じゃないのか?
 口調だって全然ふざけていないし。

 そう認識したら、だんだん思い出して来た。
 というか、ラノベ好きな俺にははっきりと分かった。
 これはよくある異世界転生じゃない、極めて稀な異世界転移なのだと。

 何度も言うが……
 昨夜俺は自宅のワンルームマンションで、幸せに包まれながら寝た筈なんだ。

 多分、俺はまともに死んでなんかいない……
 と、なれば元の世界では変死?
 生きたまま意識だけ、特殊な方法で異世界へ送られた?
 それも全く見ず知らず、第三者の意識に入り込んだって事か?

 うわあ、何てこったい!
 俺だけじゃなく、乗り移られたクリスにとっても大迷惑確定。
 彼にだって、大切な家族や愛する恋人だって存在するだろうに。

 おお、そんな事をつらつら考えているうちに……
 クリスの記憶が甦って来る。

 そして自覚した。
 やっぱり俺とクリスは完全な別人だと。
 彼の意識が心の片隅にぽつんとあったから。
 
 乗り移った俺には分かる。
 クリスというこの男は基本的に凄く硬派。
 その上、女子には凄く奥手みたい。
 
 反面、仲間内ではおおらかで細かい事をあまり気にしない。
 この部分は神経質……
 否、繊細でデリケート、気配りし過ぎる俺とは全く違う。

 そして……
 彼の肉親は既に亡くなっていた。
 俺同様にひとりっ子で未婚なのだが、残念な事に付き合っている恋人も居なかった。

 クリスの両親の話に戻ると……
 お母さんはクリスを産んですぐ亡くなった。
 お父さんの子爵も最近病死した。
 こうしてクリスは跡を継ぎ、先日、子爵家の当主となったのだ。

 まだまだ記憶は甦る。
 クリスは7年前、18歳の少年時に、騎士隊へ入隊。
 元々、武人としての才能があったのと、
 人当たりの良さから騎士隊副長にまで登りつめた。

 そうそうクリスというのはあくまでも呼びやすい愛称。
 正式の名前はクリストフ、姓はレーヌ。
 つまり爵位を含めたフルネームはクリストフ・レーヌ子爵。

 ええっと……
 我がレーヌ子爵家はヴァレンタインという王国の貴族家。
 所属する騎士隊の名はヴァレンタイン王都騎士隊。
 王都セントヘレナに駐屯し、普段は王国の警護任務についている。

 本日は民を守る『戦う者』として、王都付近の村に害為すゴブリンの討伐へ向かっている。

 そして、さっき俺に報告をしたのは騎士隊の後輩で部下のひとり。
 勇猛果敢な若手、アラン・ベルクール騎士爵22歳。
 彼はクリスと同じく独身。
 ベルク―ル騎士爵家次期当主。
 愛用の真っ赤な専用サーコートが似合う、粋な伊達男。

 隊長に、俺と彼の3人で、数々の魔物討伐を行い名を馳せた。
 イケメンのアランは『赤い流星』という、カッコイイふたつ名を持っている。
 
 そうだ……また思い出した。
 この王都騎士隊の隊長は、ジェローム・カルパンティエさん29歳、これまた独身。
 名門カルパンティエ公爵家の御曹司で嫡男だ。
 
 ジェロームさんは俺やアランから見れば遥かに家格が上の公爵家。
 悪く言えば、上級貴族のおぼっちゃま。
 でも真摯で誠実、尊大なところが全くない。
 俺にとってジェロームさんは兄貴みたいな存在である。
 
 俺は先ほど硬派だと言ったがジェロームさんは、更にその上を行く。
 彼こそ勇猛果敢な騎士の典型。
 
 ジェロームさんが父カルパンティエ公爵の跡を継げば、ゆくゆくは王国軍全体の指揮を執る将軍となる。

 と記憶を手繰(たぐ)っていたら、再びアランが話しかけて来た。

「僕と隊長、クリスさんの3人が居れば、ゴブリンの群れなんて敵じゃない。大楽勝ですよ」

 そんな軽口に対し、俺は自然と反応する。

「おいおい、アラン。油断するなよ。奴らの大群はけして侮れん」

「了解です。慎重な副長らしいですね、勝って兜の緒を締めよって事ですか?」

「まあな、多分その(ことわざ)通りだ」

「ははは、たかがゴブリン。全然余裕です。それより僕、良い企画を立てましたよ」

「良い企画?」

「ええ、可愛い女子達との飲み会です。この任務をささっと片付けて、一緒に楽しみましょうよ」

 成る程……
 改めて言おう。
 
 アランは……
 クリスこと俺とは違い、まめな男だ。
 その上、中々強い。
 
 容姿もばっちり。
 端整な顔立ちだから、女性には凄くもてる。
 付き合う女性全てから、結婚をせがまれているという巷《ちまた》の噂だ。
 例のふたつ名も、主に女性から呼ばれているらしい。

「可愛い女子達との飲み会?」
 
「はい! 副長は硬派ですから普段あまり飲み会に参加しないですけど、楽しいですよ」

「ああ、ま、まあそうだろうな……」

「僕が前回の遠征で知り合った聖女の子達とやるんです。場所もスペシャルだし、盛り上がりますよぉ」

 は?
 飲み会?
 
 ええっと……
 相手が聖女って、創世神様に仕える治癒士の事か。
 
 補足するならば、
 聖女って騎士隊に同行し、回復役として、魔物に襲われた住民や騎士隊員の治療にあたるありがたい存在だ。

 あ~あ。
 でも俺は……
 こんな異世界へ来てまで、飲み会やるの?
 まさか『愛の伝道師』の力が受け継がれているって事か?

 とか思って、微妙な心持ちだったが、おくびにも出さず。

「分かった。無事に生きて戻って楽しめるよう、油断なく任務を遂行しよう」

「了解。良かったです、でも意外ですね。副長が参加とは珍しい、大抵は断るのに……」

「俺が飲み会に参加するのが珍しい……か」

「ははは、楽しいイベントがあれば、戦いにも一層気合が入りますねぇ」

「はは、だな」

 再び放たれたアランの軽口を、さくっと受け流した俺は苦笑し、若干馬の歩みを速めたのであった。