【相坂リンの告白⑰】
大変申しわけないが……
席替えをして対面に座り、一生懸命お菓子の話をするジェロームさんを、
私はほぼ完全にスルーしていた。
今の私は愛するトオルさんしか目に入ってはいない。
シスターステファニーから発せられた『宣戦布告』のせいもある。
なのでジェロームさんと正対しながら、
隣席のシスタージョルジエットとトオルさんの会話をずっと耳に入れていた。
信じてはいたけれど……
トオルさんはやはり期待を裏切らなかった。
凄く『良い人』だった。
人間関係のストレスに悩むシスタージョルジエットを優しく慰め、励ましていたからだ。
私も同じ聖女だから分かる。
シスタージョルジエットの深い悩みが分かるのだ。
創世神様へ誓って言うけれど、怪我人や病人を救う為、私達はいつも全力を尽くす。
私個人もそう。
それは前世で看護師であった時も、今、聖女になってからも、
変えるつもりは全くない。
確かにトオルさんの言う通り、私達聖女は創世神様から回復と癒しの素晴らしい力を与えられてはいる。
だが、所詮は人間。
けして全知全能ではないのだ。
力及ばずで患者さんが亡くなったり、怪我が回復しない場合も多々ある。
その際、私もシスタージョルジエット同様、何度か家族から罵声を浴びせられた事があった。
でも反論せず、じっと耐えるしかない……それが創世神教会の教えだから。
シスタージョルジエットは度重なるストレスで、心身共に参っていたのだろう。
後から思えば、そのストレス発散の矛先が『正義の鉄槌』という形でアランさんへ向けられていた。
誤解を解くどのような会話が、シスタージョルジエットとアランさん、
ふたりの間にどう交わされたのかは、今現在も不明だが……
アランさんへの『誤解』は確かに解けたのだ。
同じ『女』だから私には分かる。
その反動なのか、ギャップ萌えというのか……
シスタージョルジエットはアランさんの見た目通りの男らしさには勿論だが、
被害者の女性達から「騙された」と聞いた話とは全く違う、
彼の真摯さ、誠実さにたいそう惚れ込んでしまったようなのだ。
そうなれば……
多分、今夜の食事会は平和に終わることだろう。
私はトオルさんと運命の再会を遂げる事が出来た。
シスタージョルジエットはアランさんと和解しただけではなく、新たな恋も手に入れた。
シスターシュザンヌもジェロームさんと良い雰囲気だ。
……シスターステファニーと若手騎士のリュカさんは、
残念ながら上手く行きそうもない。
しかし…ふたりはまだ若い。
気休めかもしれないが……ふたりは改めて素敵な恋を手に入れると思う。
と、その時!
大事件が起こった。
シスタージョルジエットが感極まって泣いてしまったのだ。
私は少しだけ吃驚したが、彼女の気持ちは良く理解していたから、
さもありなんと納得していた。
肝心の? 大事件はその直後。
シスターステファニーの対面に座っていたアランさんがいきなり立ち上がった。
そして何と!
背後から、トオルさんを殴り倒してしまったのだ。
さすがに歴戦の騎士隊副長でも、
無防備な状態で、背後からへ不意打ちを喰らったら、抵抗のしようがない。
激高したアランさんに殴られたトオルさんは、あっさり気を失ってしまった。
そしてアランさんは、号泣するシスタージョルジェットを連れ、あっという間に店を飛び出してしまう。
こうなると……
合コン、否、食事会は当然中止となった。
シスタージョルジエット以外、残った私達聖女の迅速な指示の下で……
トオルさんが負った怪我の治療を急ぐ為……
隊長のジェロームさんは、トオルさんを担ぎ、急遽、創世神教会附属病院へと駆け込んだのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
剛腕騎士アランさんに思い切り殴られたにもかかわらず、
日頃鍛えているせいか、幸いトオルさんは骨折していなかった。
軽い脳震盪と打撲という医師の判断だった。
だけど……
たとえ骨折はしていなくとも、トオルさんの具合が私はとても心配だった。
そこで、私はきっぱりと宣言したのだ。
「私が残って、徹夜で看病します」と。
断固とした私の態度に、シスターステファニーは気圧されたようになった。
またシスターシュザンヌが「私もシスターフルールに任せるのを賛成致します」
と、言ってくれたのも大きかった。
シスターステファニーは大きくため息をつき、
恨みがましい一瞥を私に投げかけた後……
肩を落として病室を出て行った。
結局……
入院したトオルさんと看護役の私は、そのまま創世神教会附属病院に泊まった。
ひと晩、私はつきっきりでトオルさんを看護した。
夜が更け……そして明けた。
翌朝早く、トオルさんは目を覚ました。
殴られた瞬間、記憶が飛んでいたらしく……
何故、今この場に居るのか、戸惑うトオルさんではあったが、
リンが転移したフルールこと私が病室に居るのを見て、安堵したみたい。
「冷静になれ」と私は自分をなだめながら、トオルさんへまず現在の状況を、
そして殴られたからの経過もひととおり説明した。
現在病室に私しか居ない理由もはっきり話した。
トオルさんは私の説明がひととおり終わるまで、一切口をはさまなかった。
「…………」
私の話が終わっても、トオルさんは無言だった。
暫し待ったが、トオルさんは喋ろうとしない。
沈黙が病室を支配した。
まだ何か怪我の影響があるのだろうか……
心配になり、一旦俯いた私は、間を置いて再び顔を上げた。
そしてトオルさんの顔を見ると……
驚いた事に、トオルさんは……泣いていた。
目を真っ赤にして泣いていた。
そしてひと言。
「ありがとう」
「トオルさん……」
「フルールさ……いや、リンちゃん。俺、良かったよ。またリンちゃんに出逢えて本当に良かった」
ありがとう……
また出逢えて本当に良かった……
トオルさんが告げる言葉はとてもシンプルだ。
でも何て、心に響く愛の言葉だろう。
彼だけじゃない……
私も涙があふれて来た。
だから素直に、自分の想いを告げよう。
「トオルさんは、クリスさんになっても全然変わらない。私が思った通り、優しくて他人の世話ばかりする、お人よしで、本当に良い人……」
そう言うと、トオルさんはハッとした。
力なく目を伏せてしまう。
彼の反応を見て、私は考えた末にようやく思い出した。
そう言えば、初めて出会った飲み会の時に聞いていた。
女子達からは頻繁に『良い人』って言われたと。
その後「お友達には、なれそうね」が追加されたとも。
確かに、女子が良く言う『良い人』って、『どうでも良い人』の意訳もある。
つまり『無関心』の変換語。
ごめん、トオルさん。
貴方にはその言葉に対して、辛いトラウマがあったんだよね?
謝罪致します、失言でした。
気を取り直した私は考える、そして決意する。
トオルさんがくれた愛の言葉はシンプルで分かり易かった。
私もストレートに伝えようと。
そう、トオルさんは確かに『良い人』だ。
……しかし『どうでも良い人』じゃない、
私にとっては愛し愛し合う大事な人なんだ。
曖昧なのはNG!
私は、今度こそはっきりと言い放つ。
「大好き!」
気持ちをシンプル且つ素直に告げたら、同時に大きな勇気が湧き起こった。
ためらう事などなかった
私はそっとトオルさんへ近付き、彼の唇へ、私の唇を優しく触れたのだ。
……情感を込めてキスをした後、
私は笑顔で「大好き!」と『想い人』へ再びしっかりと告げていたのだった。
大変申しわけないが……
席替えをして対面に座り、一生懸命お菓子の話をするジェロームさんを、
私はほぼ完全にスルーしていた。
今の私は愛するトオルさんしか目に入ってはいない。
シスターステファニーから発せられた『宣戦布告』のせいもある。
なのでジェロームさんと正対しながら、
隣席のシスタージョルジエットとトオルさんの会話をずっと耳に入れていた。
信じてはいたけれど……
トオルさんはやはり期待を裏切らなかった。
凄く『良い人』だった。
人間関係のストレスに悩むシスタージョルジエットを優しく慰め、励ましていたからだ。
私も同じ聖女だから分かる。
シスタージョルジエットの深い悩みが分かるのだ。
創世神様へ誓って言うけれど、怪我人や病人を救う為、私達はいつも全力を尽くす。
私個人もそう。
それは前世で看護師であった時も、今、聖女になってからも、
変えるつもりは全くない。
確かにトオルさんの言う通り、私達聖女は創世神様から回復と癒しの素晴らしい力を与えられてはいる。
だが、所詮は人間。
けして全知全能ではないのだ。
力及ばずで患者さんが亡くなったり、怪我が回復しない場合も多々ある。
その際、私もシスタージョルジエット同様、何度か家族から罵声を浴びせられた事があった。
でも反論せず、じっと耐えるしかない……それが創世神教会の教えだから。
シスタージョルジエットは度重なるストレスで、心身共に参っていたのだろう。
後から思えば、そのストレス発散の矛先が『正義の鉄槌』という形でアランさんへ向けられていた。
誤解を解くどのような会話が、シスタージョルジエットとアランさん、
ふたりの間にどう交わされたのかは、今現在も不明だが……
アランさんへの『誤解』は確かに解けたのだ。
同じ『女』だから私には分かる。
その反動なのか、ギャップ萌えというのか……
シスタージョルジエットはアランさんの見た目通りの男らしさには勿論だが、
被害者の女性達から「騙された」と聞いた話とは全く違う、
彼の真摯さ、誠実さにたいそう惚れ込んでしまったようなのだ。
そうなれば……
多分、今夜の食事会は平和に終わることだろう。
私はトオルさんと運命の再会を遂げる事が出来た。
シスタージョルジエットはアランさんと和解しただけではなく、新たな恋も手に入れた。
シスターシュザンヌもジェロームさんと良い雰囲気だ。
……シスターステファニーと若手騎士のリュカさんは、
残念ながら上手く行きそうもない。
しかし…ふたりはまだ若い。
気休めかもしれないが……ふたりは改めて素敵な恋を手に入れると思う。
と、その時!
大事件が起こった。
シスタージョルジエットが感極まって泣いてしまったのだ。
私は少しだけ吃驚したが、彼女の気持ちは良く理解していたから、
さもありなんと納得していた。
肝心の? 大事件はその直後。
シスターステファニーの対面に座っていたアランさんがいきなり立ち上がった。
そして何と!
背後から、トオルさんを殴り倒してしまったのだ。
さすがに歴戦の騎士隊副長でも、
無防備な状態で、背後からへ不意打ちを喰らったら、抵抗のしようがない。
激高したアランさんに殴られたトオルさんは、あっさり気を失ってしまった。
そしてアランさんは、号泣するシスタージョルジェットを連れ、あっという間に店を飛び出してしまう。
こうなると……
合コン、否、食事会は当然中止となった。
シスタージョルジエット以外、残った私達聖女の迅速な指示の下で……
トオルさんが負った怪我の治療を急ぐ為……
隊長のジェロームさんは、トオルさんを担ぎ、急遽、創世神教会附属病院へと駆け込んだのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
剛腕騎士アランさんに思い切り殴られたにもかかわらず、
日頃鍛えているせいか、幸いトオルさんは骨折していなかった。
軽い脳震盪と打撲という医師の判断だった。
だけど……
たとえ骨折はしていなくとも、トオルさんの具合が私はとても心配だった。
そこで、私はきっぱりと宣言したのだ。
「私が残って、徹夜で看病します」と。
断固とした私の態度に、シスターステファニーは気圧されたようになった。
またシスターシュザンヌが「私もシスターフルールに任せるのを賛成致します」
と、言ってくれたのも大きかった。
シスターステファニーは大きくため息をつき、
恨みがましい一瞥を私に投げかけた後……
肩を落として病室を出て行った。
結局……
入院したトオルさんと看護役の私は、そのまま創世神教会附属病院に泊まった。
ひと晩、私はつきっきりでトオルさんを看護した。
夜が更け……そして明けた。
翌朝早く、トオルさんは目を覚ました。
殴られた瞬間、記憶が飛んでいたらしく……
何故、今この場に居るのか、戸惑うトオルさんではあったが、
リンが転移したフルールこと私が病室に居るのを見て、安堵したみたい。
「冷静になれ」と私は自分をなだめながら、トオルさんへまず現在の状況を、
そして殴られたからの経過もひととおり説明した。
現在病室に私しか居ない理由もはっきり話した。
トオルさんは私の説明がひととおり終わるまで、一切口をはさまなかった。
「…………」
私の話が終わっても、トオルさんは無言だった。
暫し待ったが、トオルさんは喋ろうとしない。
沈黙が病室を支配した。
まだ何か怪我の影響があるのだろうか……
心配になり、一旦俯いた私は、間を置いて再び顔を上げた。
そしてトオルさんの顔を見ると……
驚いた事に、トオルさんは……泣いていた。
目を真っ赤にして泣いていた。
そしてひと言。
「ありがとう」
「トオルさん……」
「フルールさ……いや、リンちゃん。俺、良かったよ。またリンちゃんに出逢えて本当に良かった」
ありがとう……
また出逢えて本当に良かった……
トオルさんが告げる言葉はとてもシンプルだ。
でも何て、心に響く愛の言葉だろう。
彼だけじゃない……
私も涙があふれて来た。
だから素直に、自分の想いを告げよう。
「トオルさんは、クリスさんになっても全然変わらない。私が思った通り、優しくて他人の世話ばかりする、お人よしで、本当に良い人……」
そう言うと、トオルさんはハッとした。
力なく目を伏せてしまう。
彼の反応を見て、私は考えた末にようやく思い出した。
そう言えば、初めて出会った飲み会の時に聞いていた。
女子達からは頻繁に『良い人』って言われたと。
その後「お友達には、なれそうね」が追加されたとも。
確かに、女子が良く言う『良い人』って、『どうでも良い人』の意訳もある。
つまり『無関心』の変換語。
ごめん、トオルさん。
貴方にはその言葉に対して、辛いトラウマがあったんだよね?
謝罪致します、失言でした。
気を取り直した私は考える、そして決意する。
トオルさんがくれた愛の言葉はシンプルで分かり易かった。
私もストレートに伝えようと。
そう、トオルさんは確かに『良い人』だ。
……しかし『どうでも良い人』じゃない、
私にとっては愛し愛し合う大事な人なんだ。
曖昧なのはNG!
私は、今度こそはっきりと言い放つ。
「大好き!」
気持ちをシンプル且つ素直に告げたら、同時に大きな勇気が湧き起こった。
ためらう事などなかった
私はそっとトオルさんへ近付き、彼の唇へ、私の唇を優しく触れたのだ。
……情感を込めてキスをした後、
私は笑顔で「大好き!」と『想い人』へ再びしっかりと告げていたのだった。