【大門寺トオルの告白⑯】

「ジョルジェットさんは、創世神様に仕える聖女様ですよね。お仕事は大変でしょう?」

「ええ……とてもね……聖女って、大変な仕事なんです……」

 俺の(いたわ)りを聞き……
 少しは元気が出ると思いきや、何と!
 逆に一気にトーンダウン!
 急に元気がなくなったジョルジェットさん。
 
 ああ!
 何なんだ!?
 こんなのあり?
 
 でも!
 こ、これは……この状況は非常にまずい!

 と、なれば!
 ここは『聞き役』に徹する。
 それが長年愛の伝道師として活動した俺の経験則。
 
 なので俺はいつもの通り、聞き役を申し出る。
 とても、小さな声で。
 
 後から考えると、これが更にまずかったのかもしれない。
 俺がまるで、ジョルジエットさんと内緒話をしているように聞こえたのかも……

「ジョルジェットさん、仕事のストレスが溜まっているのであれば、遠慮なく愚痴って下さい」

「え?」

「他の騎士達には……絶対に他言しないよう、俺から堅く口止めしておきます。だから構わないですよ」

「……優しいのですね、クリス様」

「ははっ、愚痴聞き役なら、任せて下さい」

 たま~に、さえないおっさんがもてたりするケースがある。
 そのような人は、『聞き役』に徹する事が出来る人じゃないかと俺は見ている。
 
 更に上手な人は、その場の空気に合った、最高の台詞(セリフ)が吐ける人であろう。
 そんな『ジゴロ』には、深く悩んでいる女性なんて……イチコロだ。

 しかしここで俺は、必要以上に囁いたりしない。
 何せ相手はアランの『彼女』なのである。
 もっぱら聞き役に徹し、専守防衛作戦だ。

 ジョルジェットさんは、ホッとした表情をしている。

「だったらお言葉に甘えようかしら。……最初からお話しして構わないですか?」

「どうぞ、どうぞ」

 話が長くなりそうだが、俺は相槌を打った。
 それに聖女様の『裏事情』を知るのは大いにメリットがある。
 これから同じ聖女のリンちゃんと付き合う上でとっても大切だ。

 それにしても、ジョルジェットさんの目は真剣だ。
 結構、悩みは深いらしい。

「私が創世神教会に入ったのは、崇高(すうこう)(こころざし)があったからです」

「そうでしょうね」

「聖女となり、ひとりでも多く命を救いたい! 怪我(けが)(やまい)に苦しむ人を癒したい。その一念でした」

「分かりますよ、素晴らしい志ですね」

「ありがとうございます。日々の病気の治療は確かに大変ですが、戦場よりはまだましです」

「戦場? もしかして?」

「はい! 騎士であるクリス様は当然ご存じでしょうが、今は殆ど他国との戦争がありません。代わりに果てしない魔物との戦いが続きますよね」

 既に述べた通り、戦争無き今の時代、騎士の仕事は殆どが人外たる魔物との戦いである。
 ゴブリンやオークなどは勿論、許されざる不死者(アンデッド)との戦いは寒気が止まらないくらい怖ろしい。
 
 不死者(アンデッド)のまき散らす凄まじい腐臭、
 そして腐りかけた外見が、もしも目の前に晒されたら……
 戦慣(いくさな)れしている俺だって、
 「おわぁ! 勘弁してくれ!」と、大声で叫びそうになる。

 そんな奴らと戦う、王国の騎士や従士など、王国軍が出兵する場合……
 さっきも言ったが……
 回復役は、創世神教会の聖女様達が受け持つ。
 
 それに異世界の看護師、創世神の聖女様=治癒士の方々は、
 怪我の手当てにとどまらず、動けない兵隊の『下の世話』までするらしい。
 
 とっても大変だと思った。
 看護師同様、お金じゃない。
 この仕事が好きでなくては、絶対に出来ないと思った。
 本当に頭が下がる。
 
 もしかして……
 リンちゃんが聖女様に転生したのも、その縁?

「お疲れ様です!」

 俺は、思わず声に出して言う。
 心からの賛辞である。

 ジョルジェットさんは、俺の言葉を聞いて力なく笑う。

「はぁ……傷の惨さを見るのと、伴う治療、そして様々なお世話など、聖女として仕事は何とかこなしていますが……」

 大きく溜息を吐いたジョルジェットさんは、途中まで話して……口ごもる。

「瀕死となった方の……命を助けられなかった時の虚《むな》しさ……そして、亡くなられた方のご家族や身内の方から、お前みたいな能無しは、聖女をやめろ! っという罵倒。そんな時は……どこか知らない世界へ行ってしまいたくなります」

 え?
 罵倒?
 それって酷いな。
 
 聖女様だって一生懸命やっているのに。
 彼女達は、素晴らしい癒しの力を持つけれど、けして万能ではない。
 
 愛する家族が亡くなって、辛い気持ちは、確かに分かるけど……
 いくらなんでも、全てを聖女様のせいにして、罵倒するなんて酷い。
 
 ジョルジェットさんは結構、煮詰まっている?
 でもアランの脇で、俺が必要以上に慰めちゃ、まずいかもしれない。

 その時、視線を感じた。
 リンちゃんが、潤んだ瞳で俺を見つめている。

 そうだ、こんな事を考えている場合ではない。
 落ち込んだジョルジェットさんを、俺がしっかり力付けないと!

「元気を出して下さい。ジョルジェットさんは、一生懸命、頑張っているじゃあないですか!」

「…………」

 俺の励ましを聞いても、ジョルジェットさんは無言だ。
 
 そうか、まだまだ励ましが足りない!
 もっと、もっと!
 熱く力付けないと、駄目だ! 

「人間は創世神様ではありません! 全てが常に上手く行くなんてありえません!」

「え?」

 俺の物言いを聞き、驚く、ジョルジェットさん。
 
 よし!
 気持ちをこめた俺の言葉が、少しは彼女の心へ届いたみたいだ。
 どんどん、行こう。

「治癒を担う聖女様は素晴らしい仕事だし、ジョルジェットさんは、常にベストを尽くしています!」

「は、はい! 私なりに精一杯やっています」

「ならば! 胸を張って良いのです。酷い事を言った人も、後できっと分かってくれますよ」

「クリス様! あ、ありがとうございますっ!」

「はい! 前向きに行きましょう! もし聖女様が居なければ、生死を彷徨う大怪我をされた方は、絶対に助かりません」

 おお、ジョルジェットさん、少し元気が出たみたい!
 と、思ったら!

「あ、ありがとうございます。私……私……うわあああああん!!!」

 ああっ!
 号泣って!
 まじで!?

 その瞬間!

 がっつん!

「がは!」

 顔に激痛が走り、俺は壁まで吹っ飛ぶ。

 ジョルジェットさんを力付ける俺を、本気で殴ったのは……
 鬼のような形相で、激怒したアランであったのだ。