【相坂リンの告白⑭】

 まるで凍える氷の眼差し……
 凄い目付きで私を見る、シスターステファニー。

 私はとても嫌な予感がし、思わず目をそらした。
 早くトオルさん達が席へ戻って来て欲しい……
 そう願いながら。

 でも、期待は虚しく、中々トオルさん達は戻っては来ない。
 そのうち、シスターステファニーが立ち上がった気配がした。
 案の定、私の席までやって来る。
 彼女は、開口一番。

「シスターフルール、騎士様達が戻るまで、ちょっとお時間を頂けますか」

 騎士様達が戻るまでって……
 シスターステファニー、貴方の対面にはちゃんとリュカさんが座っているじゃない。

 でもそんな私の心の声は、彼女には全く届かない。
 「ちら」と見やれば、完全放置されたリュカさんが呆然としていた。

 あ~あ……悲惨。
 完全に撃沈って感じかも……

 でも私だって人の事など言えない。
 明日は我が身……かもしれないから。

 仕方がない、覚悟を決めよう。

 頷く私を促し、シスターステファニーは個室の片隅へと誘った。
 私も仕方なく着いて行く。
 そして……

「シスターフルール、折り入ってのお願いがあるのですが」

「折り入ってのお願い……ですか?」

 うっわ!
 ホントに、いや~な予感……

「はい! 単刀直入に申し上げます」

「は、はい……何でしょう?」

「お願いとは……私をフォローして頂きたいのです」

「フォロー?」

 一瞬、戸惑った私だが、すぐ彼女の言う意味を知らされた。

「はい! ズバリ私はレーヌ子爵様が好みです。ぜひ親しい間柄になれればと思います」

 やっぱり!
 私の嫌な予感は当たった。

 でもはっきり言って、そんな願いは断りたい。
 絶対に、ごめん(こうむ)りたい。
 
 何故かと聞かれれば、こう言いたいのだ。
 シスターステファニー、私を頼る貴女の気持ちは嬉しい。
 だが、断る! と。

 う~ん、私はやっぱりラノベの読み過ぎ。
 こんな時でさえ、受け狙いで、あの有名なセリフが心にリフレインしてしまう。

 でも断る理由を具体的に!
 と、問われればはっきりとは言えない。

 まさか私とトオルさんは転生者というか異世界転移者だなんて……
 絶対に信じて貰えないし、ね。

 それに一旦離れ離れとなったのに、運命の再会を果たしたなんて言ったら尚更。
 即座に創世神教会付属病院へは運ばれるかもしれない。

 もしもはっきりした理由を告げずに断れば、先ほどの懸念は現実となるやもしれない。

 でも……
 私はもう怖れない。

 トオルさんとは運命の再会を遂げたのだから。
 ベタな表現だけど、彼とは宿命の絆でつながっている。
 そう、断言出来るから。

 つらつら考えていた私に対し、シスターステファニーは怪訝な表情をする。

「どうかしましたか、シスターフルール」

 いやいや、どうかしました、じゃない。
 私はこんなにも悩んでいる。

 でも……もう決めた!
 きっぱり断ろう。

「ごめんなさい、シスターステファニー。貴方のご期待には沿えません」

「期待には沿えないとは? ……そういう事ですか?」

 そういう事って、どういう事なのか……
 私にはピッタリ確定出来ないけど……
 多分、当たってる。
 だからはっきりと返事をする。

「はい、シスターステファニーのご想像通りです」

「成る程! では……勝負です」

「勝負?」

「シスターフルール、私は貴女へ宣戦布告致します」

「宣戦布告?」

「はい! 私はどんな手を使ってもレーヌ子爵を振り向かせてみせますから」

 うわ!
 どんな手を使っても、ってこの子……
 
 思わずシスターステファニーの姿が、
 愛読したラノベの性悪な悪役令嬢にピタリと重なって来る。

 先ほどいろいろと考えていた不安が、もしも現実になったとしたら……

 シスターステファニーの祖父、枢機卿の命により……
 私は多分、創世神教会には居られなくなる。
 当然、聖女の身分は、はく奪されるだろう。
 加えてフルールの父ボードレール男爵にも多大な迷惑をかけるかもしれない。

 でも……私は愛を貫く。
 いざとなれば、全てを捨ててトオルさんと一緒になる。
 
 身分に縛られる貴族のクリスさんなら無理ゲーでも……
 彼の心の中がトオルさんなら、私をけして見捨てたりはしない。
 そんな確信が私の心をたっぷりと満たしている。

 異世界にいきなり放り出され、
 たったひとりきりの『ボッチ』だと思っていたけれど……
 実は全然違っていた。
 
 私には……
 前世で巡り会った運命といえる、愛し愛してくれる人が居る!
 この異世界でも、ちゃんと待っていてくれた!

「私も負けません」

 はっきりと言い放った私のカウンター、
 つまり『宣戦布告』を聞き、
 シスターステファニーはその可憐な顔立ちを僅かに歪ませたのであった。