【大門寺トオルの告白⑬】

 話はついた!
 とばかりに、アランは一礼すると、さっさと行ってしまう。
 奴としては……
 「今宵の限られた時間の中で、たった一秒たりとも無駄には出来ない!」
 というのが本音であろう。

 目標の確保に向けて……
 アランは完全に、『猟師モード』へと入っているのだ。
 
 しかしジェロームさんも、アランに続いて、「とことこ」歩き出そうとする。

「ジェロームさん!」

 俺は、ジェロームさんを呼び止めた。
 
 このまま、彼が宴席に戻っても、
 「この人は絶対にまたやらかすぞ」
 俺は、そう思ったのだ。
 
 合コン慣れしていない、この御曹司へ……
 もう少し、『刷り合せ』をしておかないと……いけない。
 折角の会がぶち壊しとなる。

「何だよ、クリス。まだ用があるのか?」

 あら、ジェロームさん。
 少し居丈高だ。
 もしかして……怒っているの?

 どうやら、部下であるアランに、散々怒鳴られた怒りの矛先が、副長の俺へ向かっている?
 でも、それは……逆恨みというものだ。
 
 しかし、人間は感情の生き物。
 理屈では分かっていても、正論通りに動けない場合も多々ある。

 これでは、まずい。
 ジェロームさんの事は、アランから重々頼まれたし、
 今夜は楽しい夜と感じさせる責任がある。
 
 『情けは人の為ならず』だ。
 
 ジェロームさんだって、俺の気持ちを理解してくれれば、きっと感謝するはずだ。
 俺がレーヌ子爵家当主として、王都騎士隊副長として……
 今後、この異世界で生きて行く上で、カルパンティエ公爵家のラインは強力なツテとなる。
 だから俺は、今宵ジェロームさんをケアしなくてはならない。

 再び俺は、ジェロームさんに呼び掛けた。
 騎士という、『軍人向け』の言い方である。

「ジェロームさん、席に戻る前に、対聖女の『作戦』を立てましょう」

「む? 対聖女の作戦?」

「はい! 聞いて頂けますか?」

「むう……作戦か……そう言われれば仕方がない。アランとの約束だもの、な」

 ジェロームさんは、渋々と承知した。

「じゃあ、時間もないし質問します。ジェロームさんの今夜の本当の目的は何ですか?」

 俺のいきなりの、ピンポイントな切り込みに、ジェロームさんは驚く。
 だが、こうした方が手っ取り早いし、今回は悠長に話している時間も無い。

「も、目的だと!? クリス! 意外だ」

「何が意外なのですか?」

「お前がだ、今夜のお前はいつもとは全然違う。女性の事は勿論、他人の事情になど、一切干渉しない奴だったのに」

 うわ!
 怪しまれてる。
 確かに元のクリスは、トオルのように『お節介』ではない。
 
 まあ、いいや。
 こう切り返そう。

「いや、赤の他人ならいざ知らず、隊長だからですよ」

「むう! そもそもお前にそんな事を話す必要があるのか?」

「ジェロームさん! アランとの、や・く・そ・く!」

「わ、分かったよ! ええと……今夜の目的はまず俺と趣味の合う、真面目で優しい、親しくなれそうな女性を探しに来たのさ」

「趣味の合う、真面目で優しい、親しくなれそうな女性? 本当ですか?」

「ああ、実に恥ずかしいが……本当だ」

 暫しの沈黙……
 俺は、ジェロームさんの『趣味』を勝手に想像していた。

「えっと……硬派なジェロームさんの趣味って、武道か、何かですか? もしくは鍛え上げられた筋肉を、鏡に映してムフフと喜ぶ、とか」

 しかし、ジェロームさんは「違う!」と首を横に振った。

「何言ってる! 騎士にとって武道や乗馬は、趣味としてこなすどころか達人なのが常識! 同じ騎士のお前ならすぐに分かるだろうが!」

「はぁ、そうですか?」

「たわけ! 俺の趣味は武道ではないっ! 確かに鍛え上げられた、己の筋肉を鏡で見ると、大いに感動するが……」

 げっ!
 知らなかった!
 この人ナル?

 何か、あてずっぽうで言った嗜好が……当たってる?
 でも武道じゃないとすると……肝心の趣味って、何だろう?

「ジェロームさん、ズバリお聞きします、貴方の趣味って何ですか?」

「…………」

 俺が尋ねたら、ジェロームさんは無言で俯いてしまった。
 何故か、答えない。
 
「ジェロームさん! 白状して下さいよ」

 俺が促すと、ジェロームさんは少し顔を上げ、上目遣いにこちらを見た。

「クリス、けして笑わないと約束するか?」

「笑わないっす」

 俺が約束したら、ジェロームさんは、遂に自分の趣味をカミングアウトする。

「じゃあ、言うぞ! おおお、お菓子作りだ! ああ、言ってしまったぁ!!!」
  
 え?
 騎士隊隊長の武骨なジェロームさんがお菓子作りを?
 確かに、こっちこそ凄く意外だ。

 俺は少しだけ、吃驚した。

「は? お菓子?」

「くぅ! わ、笑いたければ! わ、笑うが良い! 誇り高きカルパンティエ公爵家の嫡男である、この俺が! お、お菓子作りが趣味なのさぁ!」

「…………」

「ん? クリス、どうした? 笑わないのか?」

「いやぁ、笑わないっすよ。実に素敵じゃないですか」

 現世の記憶がある俺は、特に違和感は覚えない。
 
「素敵? 何でだよ? ……お前の反応、変じゃね?」

 じゃね? って……
 
 逆に、訝しげな表情のジェロームさん。
 いや、俺の反応は、全然おかしくない。
 騎士である、貴方の口調の方が、変なのだ。
 
 話を戻すと……
 前世の俺がバレンタインフェアなど、百貨店で目撃した有名なパティシェは、殆ど外国人の男性だった。
 目の前のジェロームさんが、もしそうでも全然おかしくはない。

 と、なれば、作戦は決定だ!

「いや! 今迄敢えて言ってませんでしたが、俺も甘党ですからね」

「は? クリス、お前が甘党だと!」

「はい! 美味しいお菓子を貴女の為に! だなんて女性にとってはポイント高いと思いますよ。ようし、分かりました! 今夜はお菓子作戦で行きましょう!」

「そ、そうか! 俺の趣味を理解してくれた上に、作戦まで立ててくれるのか? お前は部下で後輩の域を遥かに超えた! 我が友よ!」
 
 「我が友よ!」って……
 どこぞの……太ったガキ大将かよ……

「俺の呼び方は、今迄通り気楽にクリスで構わないっす! でも、段々分かって来ました。ジェロームさん、真面目で優しい女性が良いって……もしかして、結構マジで、結婚相手を探していませんか?」

「おい! わ、分かるのか!? 実は父上が早く結婚しろとうるさくてな。だが見合い相手はつんけんしている上、俺の趣味を理解してくれそうな女性が全くと言っていいほど居なかった」

「それは辛いですね。実は俺もジェロームさんと同じなんですよ。真面目に結婚相手を探しているのです」

「え? クリスもか?」

「はい! 俺は結婚に対して真剣ですから。それにジェロームさんの、最初は同じ趣味からって……けして、一過性の付き合いではなく、同じ趣味の相手とじっくり、まじめに付き合って、徐々に仲を深めて行こうっていう考え方でしょう?」

「お、おおおおお!!! クリスっ! お前は本当に俺の心が分かっているぞ! 我が友よ! 俺の同志よ!!!」

 がしっ!!!

「くわうっ!」

 まるで、鶏が絞め殺されるような、苦痛の声をあげたのは……俺である。

 ジェロームさんは俺をしっかり抱擁し、
 その逞しい腕が、背中に「ぐわっ!」と食い込んでいたのであった。