【相坂リンの告白⑩】

 僅か5分後……

 魔導昇降機から降りた私とトオルさんは、
 しっかり手をつないで迷宮の8階、ショッピングモールを歩いている。
 このショッピングモールは、アクセサリー店、洋服店、雑貨店等たくさんの商店があって、結構な人が居た。
 皆、楽しそうに買い物をしている。

 買い物をしているのは、最初からカップル同士で来たのか、それとも私達みたいにこの会場でカップルになったのかは分からない。
 だが、若い男女のふたり連ればかりだった。

 ああ、これって……
 転生する前の私が、望んでいたデートコースのひとつだ。
 次回のデートは私、トオルさんとふたりでショッピングを兼ね、映画を見に行きたいと思っていたから。

 前世……
 兼ねてから行きたいと思っていたお洒落なショッピングモールの奥には……
 これまたカッコいい映画館があった。
 
 今は、複数の映画館が入っているから、『シネコン』って言うんだっけ。
 そこで、超が付く話題の大ヒット恋愛映画をやっていた。
 
 結末を事前に知っちゃうと、つまらないけれど、
 ハッピーエンドって事だけはチェック済み。
 だから見た後は、幸せな気分に浸れる。

 昨日、話した時に確かめたけど、
 私もトオルさんも仕事が忙しくてまだ見ていなかった。

 まあ、異世界転移した私達ふたりが今居るのは西洋中世風異世界。
 さすがに、迷宮を改造したこのショッピングモールにシネコンは無い。
 というか、映画自体が存在しない。
 あるのはオペラみたいな芝居を上演する劇場らしい。
 でも……それはそれで見てみたいと思う。

 そんな悠長な事を考えている場合ではなかった。
 今置かれている状況は前世で想像した通り。
 トオルさんとふたりでデートしているという素敵なシチュエーション。
 
 だけど、トオルさんの彼女の有無……
 つまり『現実』を確かめるのが凄く怖い。
 現実さえ知らなければ……今だけは私、確実に幸せいっぱいなんだけど。

 つらつらいろいろ考えているうちに……
 私達はショッピングモールのカフェに入った。
 席はほぼ満席だったが、幸い一番奥の席が空いていた。

 期待と不安が入り混じった複雑な気持ちの私は、
 「きゅっ」とトオルさんの手を握った。
 するとトオルさんも、「ぎゅ」と握り返して来る。
 最高の、爽やか笑顔付きで。

 微妙な雰囲気が漂う中、
 私達は着席した。

 メニューは紅茶しかない。
 銘柄も記載なし。
 なのでトオルさんが紅茶をふたつ頼んでくれた。

 紅茶が来るまでの間がまた微妙……

 ああ、私……もう我慢出来ない。
 怖いけど……聞いちゃおう。
 
 そしてもし、特別な『彼女さん』が居るんだったら……
 思い切って!
 トオルさんへ、言ってしまおう。
  
 ラノベの敵役《かたきやく》、つまり悪役令嬢みたいで、嫌だけど。
 「私を選びなさい」って!
 手段を選ばず、強引に迫ってしまおう!
 
 だって!
 ここで迷っていたら、諦めてしまったら……
 
 もう二度とこんな奇跡は起こらない。
 そんな気がしたから。

 よ~し、決めた!
 言うぞっ!
 
「あ、あの……」

 ああ、私って、小心者。
 これだけ強い決意をしたのに……
 また噛んじゃった……ダサ!

 でも!
 トオルさんも慌ててる。
 
 もしかして何か、感じた?
 騎士として、長年の実戦で鍛えられた野生のカンって、事?

「な、何!?」

 ああ、トオルさん、果たして私から何を言われるのか、
 「どきっ!」としてるみたい。

 よっし!
 仕切り直しの、リスタート!
 
 でも、ビビりっ子の私は、くちごもりながら恐る恐る尋ねる。

「トオルさん……こ、怖いけれど……お聞きしても宜しいですか?」

「こ、怖いけれどって?」

「はい! あの……トオルさん……」

「は、はい!」

「ト、トオルさんには! こ、婚約者、もしくは特別な彼女さんって、いらっしゃいますかっ?」

 言った!
 遂に言ってしまった!

「ええっ!? こ、婚約者ぁ!」

 ああ、トオルさんったら、凄いオーバーリアクション。
 これって、もしや……駄目?
 私の想いは通じないの? 

 だって!
 異世界転移した今のトオルさんは王都貴族、レーヌ子爵家の当主。
 その上、女子達の憧れ『王都騎士隊』の硬派な副長。
 筋骨隆々の渋いイケメン。

 肩書きといい、全体的な雰囲気といい、、
 やはり、あの土方様に似ている。
 《まあ、当人に会ったわけじゃあないけどね》
 と、なればもてないわけがない。
 婚約者や彼女が居て当たり前なのだ。 

 しかし、トオルさんはきっぱりと告げてくれた。
 
「い、居ませんよ、そんな人は!」

「え? ほ、本当に?」

「本当です! で、でもリンちゃんこそ! カッコいいイケメンの彼氏が居るんじゃない?」

「わ、私は……」

 また口ごもりながら、
 「私も! そんな人は居ません」
 言い切ろうとした瞬間。
 
 怖ろしく真剣な表情で、副長レーヌ子爵、否、トオルさんが言う。

「お、俺、勇気を出すよ! も、もしリンちゃんに、というかフルールさんに彼氏が居ても絶対にあきらめないから!」

 ……よ、良かったぁ!!!
 トオルさんに『想い人』は居なかった。
 運命の再会を果たした私リンが愛し、愛される事が出来るのだ。
 
 そして、何と!
 告白もされてしまった。
 トオルさんと相思相愛になれるなんて、夢みたい。

 安堵し、脱力した私の口から、思わず本音が出た。

「よ、良かった」

「え? 良かったって?」

 ああ、トオルさん、確認をしたいんだ。
 私の言葉の意味を、
 そして本当の気持ちを!

 しっかりと私の気持ちに応えてくれたトオルさんへ……
 今度はストレートに私から愛を伝えよう。

「だって……私はトオルさんが大好き。全く同じ事を考えていたんですもの」

「ええええっ!!!」

 他の席で談笑するカップルが、驚いて注目するほど……
 トオルさんは、またも、大声を出していたのである。