【大門寺トオルの告白⑨】

 何と!
 フルールさんは、泣いている。
 それも号泣している。
 
 非常にまずい、マジでまずい。
 ここまで女子を大泣きさせるって。
 あまりにも目立つ。
 俺が極悪非道な男だと、とられてしまう。
 それ以上に泣いている女子を見るって、
 あまりにも男にとってはダメージが大きい。

 そして泣かせた理由も大が付く問題だ。
 
 フルールさんは絶対に怒っている!
 そうに決まってる。
 事もあろうに、彼女の前で他の女子を引き合いに出したのだから。
 
 ああ、俺の超大馬鹿!
 これでフルールさんに、完璧に嫌われた!
 
 折角、彼女の身内であるバジル部長に熱心にフォローをして貰い、
 結構良い印象を持って貰ったのに……

 もう!
 おしまいだっ!
 
 と、絶望感に染まった俺が頭を抱えたら……
 突如、フルールさんが尋ねて来る。

「クリスさん、変な事を! お、お、お聞きしても……宜しいですかっ!」

 変な事?
 一体、何だろう?
 でも、もういいや。
 開き直ってやれ。
 何でも聞け!
 い、いや……そんなに偉そうなのはまずい。
 どうぞ聞いてくださいませ。

「は、はい……お、俺の事だったら、な、な、何でも聞いてください」

「な、何でもって! クリスさん! ほ、本当ですかっ!」

「はい、本当です……お答え出来る内容ならば」

 あれ?
 変だ?
 おかしい?

 フルールさんの声が……
 怒っていない……ぞ?

 な、何故、怒っていない?

 それよりフルールさん、何か、慌てている。
 盛大に噛んで、声が完全に上ずっている。

 泣き腫らし、真っ赤な目をしたフルールさんは、
 顔を「くしゃくしゃ」にして真っすぐに俺を見る。
 とても真摯な眼差しで、俺を見ているんだ。
 
 そして、尋ねて来る。
 彼女が尋ねる内容が……不可解だ。

「あ、貴方の名前を教えて下さい」

 え?
 どうして名前?
 今更?

「ええっと、クリストフ・レーヌですけど……」

「い、いえ!」

「???」

「ほ、本当は! ち、違う、な、名前なのではないですか?」

 盛大に噛みながら、絞り出す、フルールさんの声……

 な?
 でも?
 
 ええっ?
 本当は違う名前って、何それ?

 俺もフルールさん同様に慌てる。
 何故か、奇妙な感覚に捉われる。
 既視感《デジャヴ》に近いかもしれない。

「……ち、違うって、ど、ど、ど、どういう意味ですか!?」

 盛大に噛んだ俺へ、更に衝撃的な質問が!

「ほ、本当の名前って……意味です」

「は? ほ、本当の名前!?」

「もしも……間違っていたら……」

「ま、間違っていたらぁ?」

 ああ、何だ!
 とんでもない、
 あまりにもとんでもない言葉が告げられる!
 そんな気がする!

 大いなる期待と底知れぬ不安が俺の中で交錯する。

「ごめんなさい……トオルさん」

 あああ、き、来たのは!
 お、大いなる期待の方だ!
 これって!
 き、奇跡が、奇跡が起きたんだぁ!!!
 
「え、ええええっ!? ト、トオルさんって!!! ま、ま、ま、まさかぁ!!!」

 俺がいきなり大きな声をあげたので、周囲で何人もが振り返った。
 「何事か?」と面白半分で、見ている奴も居る。
 
 しかし、フルールさんは動じていない。
 俺も、そんなのを気にする余裕がない。

「やはり! あ、あ、あ、貴方は大門寺トオルさん……でしょう?」

「そ、そ、そういう貴女は、あ、相坂……さん、もしかして、リンちゃん?」

 俺が呼んだあの子の名前に、フルールさんは大きく頷いた。
 はっきり肯定して、力強く頷いた。

 ああ、絶対にありえない!
 そんな奇跡が、まさに起こったのだ!
 
 数百万と人の居る大都会の交差点で……
 前触れもなく、いきなり、ばったりと会うように……
 
 未知の異世界に心が転移し、ぶっつり切れた筈の俺とリンちゃんの運命が……
 今、再び交わったのである。

「トオルさんっ!」

「リンちゃん!」

 俺達は互いに駆け寄って、手をがっちりと握り合った。
 ああ、綺麗で細い指だ、そして温かい。
 この完食、じゃない感触は間違いない!
 昨日、握ったばかりのリンちゃんの手だ!

 俺を見つめる、リンちゃんの声が震えている。

「これって……奇跡?」

 そう言われて俺は思わず頬をつねっていた。
 ……い、痛い!

「本当だよ、今確かめたから絶対に現実だ」

「本当!? よ、良かったぁ!」 

「でも君の言う通り、凄い奇跡だよ。頼む! 夢ならば、絶対に覚めないでくれ」

 思わず吐いたのは……
 たった今、起こっている事が、幻ではない事を再び確かめる言葉。
 そして、心の底からの本音。

 フルールさん、否!
 リンちゃんは、大きく深呼吸をしている。
 少しずつ落ち着いて来たみたいだ。

 そうだ!
 俺も慌てるだけじゃなくて、しっかり落ち着かないと。
 まずは、お互いの状況を確認して、これからの事を考えなければ。

 リンちゃんが、俺にまた聞いて来る。

「トオルさん……さっきの話って」

「ああ、俺は、気が付いたら、この異世界に居たんだ……王都騎士隊副長クリストフ・レーヌとして」

「やっぱり! 私もなのよ、気が付いたら聖女フルール・ボードレールだったの」

 フルールさんは頷き、更に言葉を続ける。

「……ねえ、トオルさん、ここは人目もあるし、落ち着かないわ。場所を変えて、どこかでお話ししませんか?」

 気になる。
 だって!
 フルールさん、否、リンちゃんはこんなに可愛いんだもの。
 
 まさか!
 彼氏がもう居る?
 
 そんなの、絶対に嫌だ!
 もし彼氏が居たら俺は……

 いや、まずはリンちゃんへ詳しい状況を聞かなければ!
 
 俺はそう考えたが、どうやら彼女も同じように思ったらしい。
 
「じゃ、じゃあ、場所を変えましょうか?」

「はい! 変えましょう、トオルさん」

「こ、この階の上、8階はショッピングモールになっています。そこにカフェがあったはずです」

「うふふ、了解……じゃあこの前みたいに、連れて行ってくださる?」

「りょ、了解!」

 もしかしたら、このようなケースがあるかと思って、
 俺は、この迷宮レジャーランド内の店を下調べしていた。
 
 こうして……
 俺はフルールさんこと、相坂リンちゃんの手を引っ張り、
 起きた奇跡を実感しつつ、夢見心地で魔導昇降機へ乗り込んだのである。