【相坂リンの告白⑨】
私はヴァレンタイン王国『異業種交流会』会場に居る。
そこで出会ったのがクリストフ・レーヌ子爵。
レーヌ子爵家当主で、王都騎士隊の副長。
私達シスターの間でも噂の硬派な男性。
騎士らしく逞しい身体。
二の腕はムッキムキ。
少しいかつい顔もイケメンの部類に入る。
でも噂は噂。
全然事実ではなかった。
硬派なはずのレーヌ子爵はフレンドリーに、
自分をクリスと呼ぶように告げて来た。
更に偶然は重なった。
彼は、この後の食事会に参加するメンバーのひとりだった。
何が幸いするか、ホントに分からない。
初めて会ったはずなのに、凄く奇跡的な共通項が合った。
だからクリスさんとは、とっても話が合った。
でもさっきから私の事をじ~っと見てる。
どうしたのかな?
あれ?
クリスさんの様子がおかしい?
もしかして身体の具合でも悪いのかしら?
王都騎士の治癒回復を担う、聖女という職業柄放ってはおけない。
よし!
声をかけてみよう。
「クリスさん、大丈夫ですか?」
「だ、だ、だ、大丈夫です」
うわ!
思いっきり噛んでるよ、クリスさん。
ホントに大丈夫?
でもそれよりも気になる事がある。
クリスさん、何か私をじいっと見てる。
健全な男子が女子へという『注視』とは何となく違うみたい。
理由は不明だけど、ワケアリって感じだもの。
「クリスさん、さっきから……私の事をずっと見ていますけど……」
「…………」
「私って、何か変ですか?」
と、聞いたその時。
「ははははは、何か良い雰囲気じゃないか、君達」
「え? 伯父様?」
「うんうん、クリス君ならば、私もお前の母に自信を持って薦められる」
「ええっ?」
はぁ?
何言ってるの、この人?
昔と全然変わっていない。
私は唖然としてしまうが……
バジル伯父はどこ吹く風。
「と、いう事で、私はそろそろ失礼する。じっくりふたりきりで話すと良い」
バジル伯父は、グラスを持ち上げ、笑顔で乾杯のポーズをすると……
私とクリスさんを置いて、人混みに紛れてしまった。
「もう伯父様ったら……」
いきなりの展開。
私は苦笑するしかない。
しかし、禍を転じて福と為すとも言う。
ここまでバジル伯父にお節介されるのも、逆についているのかもしれない。
しくて気配りが利くクリスさんは私の好みだし……
彼氏候補には申し分ない。
そしてこんなことは、絶対に言っては駄目だけど……
優しくて気配り上手なのは……
もう二度と会えない……あの人に……とても似ている。
ま、まあ、良いか。
会話が途切れないよう、ここは頑張ろう。
「クリスさん、さっきの話の続きですが……何故、私をじっと見ていたのですか?」
あれ?
何とか話をしようと、他愛もない話を振ったつもりなのに……
クリスさんったら、とても困った顔をしている。
「クリスさん」
「な、何でしょう?」
あ、また噛んだ。
クリスさん、やっぱり動揺している。
「私が変に見えるのは、確かかもしれません……」
へ?
いきなり何言ってるの、私。
口が勝手に動いたよ!?
ほらぁ、クリスさんだって驚いてる。
「は? フルールさん?」
案の定、ポカンとするクリスさん。
ああ、こんな事を言うなんて!
絶対に変な子だと思われてる!
でも何故か、私の口は止まらない。
制御不能! 制御不能!
緊急事態発生!
って、マンガの読み過ぎ?
ぐるぐる回る気持ちと裏腹に、私の口調は冷静だ。
ひどく淡々としている。
「実は今朝……凄くショックな事がありました」
「え?」
「だから……とても落ち込んでいるのです」
「凄く、ショックな事……ですか?」
ああ、クリスさん、心配してくれている。
凄く嬉しいかも……
でも、自分の身に起きた異世界転移とか、不可解な内容は話せない。
絶対に!
「あ、いえ! 初対面の方には、お話しする事ではありませんよね?」
「…………」
「ああ、私ったら、……一体、どうしたのでしょう?」
ああ、やっと口の暴走が止まった。
「余計な事を言って、しまった!」という後悔の念が押し寄せる。
……凄くヤバイ。
このまま会話がぷっつり途切れた上、気まずくなって……
この場限りでサヨウナラ……
という可能性もあるじゃない。
でもそれじゃあ、前世と全く同じ。
単なる繰り返しじゃない!
と落ち込んでいたら、
何と!
クリスさんまでが!
「じ、実は! お、お、俺も! け、今朝、ショックな事があったんです!」
「え?」
「ク、クリスさんもですか?」
あ、あれ?
何故に、何故に、
私は突っ込まなくてはならないの?
対してクリスさんは
「は、はい! とてもショックな事です」
と、きっぱり言い切った。
何だろう?
そこまで彼が言うショックな事って?
さっきの『失策』をすっかり忘れ、私の耳は集音器となる。
クリスさんの話には、まだまだ続きがありそうだから。
「俺……いきなりアクシデントがあって、とても大切な人に会えなくなったのです」
「え? そ、それ……私もです……今朝とても不思議な事が起こって、凄く大切な約束が果たせなくなってしまったのです」
ああ、思わず同意してしまった。
でも……
ふたり共静かに話をしているのに、気持ちがヒートアップして行くのがはっきり分かる。
「成る程……実は……俺が約束を果たせなかった相手って……女の子なんです」
「女の子……」
ああ、衝撃の告白。
クリスさんには……
彼女候補が居たんだ……
ショックを受けた私に対し、追い打ちは更に続く。
「ええ、会った瞬間、運命の子だと感じたのですが……もう二度と会えなくなりました」
「運命の子……もう二度と会えない……」
そこまで止めをさされると、私は言葉がろくに出て来ない……
ただクリスさんの言葉を繰り返すだけだ……
でも……私だってそう!
運命の人……
トオルさんには二度と会う事は出来ない……
「彼女とはたった一回だけデートをしました。俺の事を、お人よしねって優しく笑う顔が……とても素敵な女の子でした」
「…………」
え?
お人よし?
クリスさんが?
いえ、違う!
お人よしなのはトオルさん!
突如!
原因不明の既視感が私を満たす。
不思議な予感も湧いて来る。
そんな私の心を他所に、クリスさんは熱く惚気る。
「彼女はとても優しくて……俺の話をいろいろ良く聞いてくれて、一緒に居て凄く嬉しかった、最高に幸せでした」
「…………」
ああ、素敵な褒められ方!
とっても嬉しい!
でも、自分が褒められているわけじゃないのに……
何故、こんなにも嬉しいの?
私だってそう!
トオルさんと一緒に居て、凄く幸せだった!
これまでの人生で一番楽しいいひと時だった。
はっきりと言い切れる!
やっぱり私は、トオルさんが好き!
大好き!!
すると……
どこからともなく……
クリスさんの声に重なるように、トオルさんの優しい声がリフレインする。
リンちゃん!
ああ、懐かしい!
私を呼ぶ貴方の声が!
会いたい!
トオルさんに会いたい!
再会への渇望に翻弄される私の耳へ、クリスさんの謝罪が聞こえて来る。
「フルールさん、ごめんなさい。忘れようとは思っていました。もう取り戻せない過去の話ですから……」
「…………」
「だけど……やっぱり忘れられず……貴女を見て、つい、思い出してしまいました」
思い出した?
私を見て?
だ、誰を!?
一体誰を思い出したのですかっ!
「わ、私を見て? その方を? お、思い出してしまったのですか?」
と、つい聞けば……
クリスさんは平謝り。
「すみません! 凄く失礼な話ですよね?」
「…………」
「でも! フルールさん、貴女の声が……その彼女に凄く似ていたんです。仕草もそっくりだった」
私にそっくり!?
まさか!
でも、間違いない!
もう言い切れる!
クリスさんは……トオルさんなんだ!
僅かに生まれた不思議な予感が……
はっきりとした確信へ変わって行く。
私の心に、得も言われぬ歓びがあふれて来る!
「…………」
言葉が出ない。
出したいけど出て来ない!
顔を上げて、クリスさんの!
否、トオルさんの顔を見なければ!
やがて……私は顔を上げた。
でも……心に満ちた歓びは、涙もいっぱい連れて来た……
心配そうに見つめるトオルさんの顔は……
泉のように湧き出るたくさんの涙でにじみ、はっきりと見る事が出来なかったのだ。
私はヴァレンタイン王国『異業種交流会』会場に居る。
そこで出会ったのがクリストフ・レーヌ子爵。
レーヌ子爵家当主で、王都騎士隊の副長。
私達シスターの間でも噂の硬派な男性。
騎士らしく逞しい身体。
二の腕はムッキムキ。
少しいかつい顔もイケメンの部類に入る。
でも噂は噂。
全然事実ではなかった。
硬派なはずのレーヌ子爵はフレンドリーに、
自分をクリスと呼ぶように告げて来た。
更に偶然は重なった。
彼は、この後の食事会に参加するメンバーのひとりだった。
何が幸いするか、ホントに分からない。
初めて会ったはずなのに、凄く奇跡的な共通項が合った。
だからクリスさんとは、とっても話が合った。
でもさっきから私の事をじ~っと見てる。
どうしたのかな?
あれ?
クリスさんの様子がおかしい?
もしかして身体の具合でも悪いのかしら?
王都騎士の治癒回復を担う、聖女という職業柄放ってはおけない。
よし!
声をかけてみよう。
「クリスさん、大丈夫ですか?」
「だ、だ、だ、大丈夫です」
うわ!
思いっきり噛んでるよ、クリスさん。
ホントに大丈夫?
でもそれよりも気になる事がある。
クリスさん、何か私をじいっと見てる。
健全な男子が女子へという『注視』とは何となく違うみたい。
理由は不明だけど、ワケアリって感じだもの。
「クリスさん、さっきから……私の事をずっと見ていますけど……」
「…………」
「私って、何か変ですか?」
と、聞いたその時。
「ははははは、何か良い雰囲気じゃないか、君達」
「え? 伯父様?」
「うんうん、クリス君ならば、私もお前の母に自信を持って薦められる」
「ええっ?」
はぁ?
何言ってるの、この人?
昔と全然変わっていない。
私は唖然としてしまうが……
バジル伯父はどこ吹く風。
「と、いう事で、私はそろそろ失礼する。じっくりふたりきりで話すと良い」
バジル伯父は、グラスを持ち上げ、笑顔で乾杯のポーズをすると……
私とクリスさんを置いて、人混みに紛れてしまった。
「もう伯父様ったら……」
いきなりの展開。
私は苦笑するしかない。
しかし、禍を転じて福と為すとも言う。
ここまでバジル伯父にお節介されるのも、逆についているのかもしれない。
しくて気配りが利くクリスさんは私の好みだし……
彼氏候補には申し分ない。
そしてこんなことは、絶対に言っては駄目だけど……
優しくて気配り上手なのは……
もう二度と会えない……あの人に……とても似ている。
ま、まあ、良いか。
会話が途切れないよう、ここは頑張ろう。
「クリスさん、さっきの話の続きですが……何故、私をじっと見ていたのですか?」
あれ?
何とか話をしようと、他愛もない話を振ったつもりなのに……
クリスさんったら、とても困った顔をしている。
「クリスさん」
「な、何でしょう?」
あ、また噛んだ。
クリスさん、やっぱり動揺している。
「私が変に見えるのは、確かかもしれません……」
へ?
いきなり何言ってるの、私。
口が勝手に動いたよ!?
ほらぁ、クリスさんだって驚いてる。
「は? フルールさん?」
案の定、ポカンとするクリスさん。
ああ、こんな事を言うなんて!
絶対に変な子だと思われてる!
でも何故か、私の口は止まらない。
制御不能! 制御不能!
緊急事態発生!
って、マンガの読み過ぎ?
ぐるぐる回る気持ちと裏腹に、私の口調は冷静だ。
ひどく淡々としている。
「実は今朝……凄くショックな事がありました」
「え?」
「だから……とても落ち込んでいるのです」
「凄く、ショックな事……ですか?」
ああ、クリスさん、心配してくれている。
凄く嬉しいかも……
でも、自分の身に起きた異世界転移とか、不可解な内容は話せない。
絶対に!
「あ、いえ! 初対面の方には、お話しする事ではありませんよね?」
「…………」
「ああ、私ったら、……一体、どうしたのでしょう?」
ああ、やっと口の暴走が止まった。
「余計な事を言って、しまった!」という後悔の念が押し寄せる。
……凄くヤバイ。
このまま会話がぷっつり途切れた上、気まずくなって……
この場限りでサヨウナラ……
という可能性もあるじゃない。
でもそれじゃあ、前世と全く同じ。
単なる繰り返しじゃない!
と落ち込んでいたら、
何と!
クリスさんまでが!
「じ、実は! お、お、俺も! け、今朝、ショックな事があったんです!」
「え?」
「ク、クリスさんもですか?」
あ、あれ?
何故に、何故に、
私は突っ込まなくてはならないの?
対してクリスさんは
「は、はい! とてもショックな事です」
と、きっぱり言い切った。
何だろう?
そこまで彼が言うショックな事って?
さっきの『失策』をすっかり忘れ、私の耳は集音器となる。
クリスさんの話には、まだまだ続きがありそうだから。
「俺……いきなりアクシデントがあって、とても大切な人に会えなくなったのです」
「え? そ、それ……私もです……今朝とても不思議な事が起こって、凄く大切な約束が果たせなくなってしまったのです」
ああ、思わず同意してしまった。
でも……
ふたり共静かに話をしているのに、気持ちがヒートアップして行くのがはっきり分かる。
「成る程……実は……俺が約束を果たせなかった相手って……女の子なんです」
「女の子……」
ああ、衝撃の告白。
クリスさんには……
彼女候補が居たんだ……
ショックを受けた私に対し、追い打ちは更に続く。
「ええ、会った瞬間、運命の子だと感じたのですが……もう二度と会えなくなりました」
「運命の子……もう二度と会えない……」
そこまで止めをさされると、私は言葉がろくに出て来ない……
ただクリスさんの言葉を繰り返すだけだ……
でも……私だってそう!
運命の人……
トオルさんには二度と会う事は出来ない……
「彼女とはたった一回だけデートをしました。俺の事を、お人よしねって優しく笑う顔が……とても素敵な女の子でした」
「…………」
え?
お人よし?
クリスさんが?
いえ、違う!
お人よしなのはトオルさん!
突如!
原因不明の既視感が私を満たす。
不思議な予感も湧いて来る。
そんな私の心を他所に、クリスさんは熱く惚気る。
「彼女はとても優しくて……俺の話をいろいろ良く聞いてくれて、一緒に居て凄く嬉しかった、最高に幸せでした」
「…………」
ああ、素敵な褒められ方!
とっても嬉しい!
でも、自分が褒められているわけじゃないのに……
何故、こんなにも嬉しいの?
私だってそう!
トオルさんと一緒に居て、凄く幸せだった!
これまでの人生で一番楽しいいひと時だった。
はっきりと言い切れる!
やっぱり私は、トオルさんが好き!
大好き!!
すると……
どこからともなく……
クリスさんの声に重なるように、トオルさんの優しい声がリフレインする。
リンちゃん!
ああ、懐かしい!
私を呼ぶ貴方の声が!
会いたい!
トオルさんに会いたい!
再会への渇望に翻弄される私の耳へ、クリスさんの謝罪が聞こえて来る。
「フルールさん、ごめんなさい。忘れようとは思っていました。もう取り戻せない過去の話ですから……」
「…………」
「だけど……やっぱり忘れられず……貴女を見て、つい、思い出してしまいました」
思い出した?
私を見て?
だ、誰を!?
一体誰を思い出したのですかっ!
「わ、私を見て? その方を? お、思い出してしまったのですか?」
と、つい聞けば……
クリスさんは平謝り。
「すみません! 凄く失礼な話ですよね?」
「…………」
「でも! フルールさん、貴女の声が……その彼女に凄く似ていたんです。仕草もそっくりだった」
私にそっくり!?
まさか!
でも、間違いない!
もう言い切れる!
クリスさんは……トオルさんなんだ!
僅かに生まれた不思議な予感が……
はっきりとした確信へ変わって行く。
私の心に、得も言われぬ歓びがあふれて来る!
「…………」
言葉が出ない。
出したいけど出て来ない!
顔を上げて、クリスさんの!
否、トオルさんの顔を見なければ!
やがて……私は顔を上げた。
でも……心に満ちた歓びは、涙もいっぱい連れて来た……
心配そうに見つめるトオルさんの顔は……
泉のように湧き出るたくさんの涙でにじみ、はっきりと見る事が出来なかったのだ。