転生聖女は幼馴染みの硬派な騎士に恋をする

【大門寺トオルの告白⑦】

 バジル部長を『伯父』と呼んだ女性は、優しく微笑んでいる。
  
 でも部長を見て……
 どうして、いきなり逃げようとしたのだろう?
 
 まあ、いっか。
 細かい事は。

 と、俺がつらつら考えていたら、部長が彼女に何か囁き、改めて紹介してくれる。

「ちょうど良かった。紹介しよう、この子は私の姪フルールだ」

 部長に目くばせされた、彼女……フルールさんは俺に笑顔を向け、

「はじめまして! 私、フルール・ボードレールです。男爵ボードレールの娘でバジルの姪です。……職業は聖女です」

「こちらこそ、初めまして。もしかしたらバジル部長からご紹介があったようですが、改めて名乗ります。自分はクリストフ・レーヌです。爵位は子爵ですよ」

 俺もすかさず返事を戻した。

 へぇ!
 爽やかな第一印象。
 
 「はきはき」と元気な挨拶をする子だなと思う。
 この子……バジル部長の姪っ子さんなんだ。
 でも!
 か、可愛い!
 
 ええっと……
 フルールさん、身長は結構あって160㎝半ばくらいか。
 
 体型は「すらり」として足が長い。
 うっわ!
 華奢な身体に似合わない大きな胸。

 明るい栗色のロングヘア。
 切れ長の目に、綺麗な鳶色の瞳。
 目鼻立ちは、はっきりしていて端麗な美人。
 
 黒髪じゃないところを除けば、リンちゃんにとても良く似ている。
 笑うと目が垂れてしまう癒し系で、首を傾げる仕草も。
 それ以上に、声が凄くそっくりなんだ。

 俺がフルールさんに見とれているのに気が付き、バジル部長が悪戯っぽく笑う。
 
「ふふ、彼があの、クリストフ・レーヌ君だ」

 あの?
 あの、って……
 一体、何でしょう、部長。
 その意味ありげな笑いは?

 フルールさんも、微笑んで頷く。

「お噂はかねがね……」

 だから、その『噂』って何?
 凄く、気になるんですよ。
 
 俺がそんな心配をしていたら、バジル部長がフォローしてくれた。

「クリス君は男気にあふれ、誠実な上、優秀な騎士だぞと、よく姪に話していたのさ」

 ほっ……何だ。
 女子に声かけまくりな『超軽薄合コン野郎』と、
 陰口叩かれていなくて良かった。

 まあ、俺トオルと違い、硬派なクリスならそんな事は言われないか……
 俺が少し複雑な表情をしていたら、
 可笑しかったのかフルールさんは、

「うふふふ」

 と、口に手をあてた。

 ああ、!
 良いなぁ!
 
 フルールさんの屈託のない笑顔に、俺は癒される。
 笑うと、余計可愛い~

 でも、外人女子なのに、声も雰囲気も本当にリンちゃんそっくりだ。
 だから、フルールさんを見ると結構思い出して……辛い。
 折角忘れようとして、立ち直りかけた矢先だから。

 うん、ここは話題を変えよう。
 さっきから気になっていた事があるから。

「ええっと、レーヌ子爵様って、もしかして……あの有名な副長さん……」

「はい、副長をやってます。かしこまらず気楽にクリスと呼んで下さい。フルールさんは聖女って? じゃあ……もしかして、この後、宝剣の間で」

「はい! 食事会に参加します」

 おお、彼女は……
 フルールさんは食事会、否、合コンのメンバーじゃないか。

 じゃあ、彼氏居ない率がぐ~んとアップ?
 これは大が付くチャンスかもしれない。

 これってもしかして運命の出会い?
 リンちゃんと離れ離れになった俺へ、この異世界の神・創世神様の加護が与えられた!?
 
 本当に、こんなラッキーはそうない。
 例えは正しくないかもしれないが…… 
 捨てる神あれば拾う神ありって言うじゃない。

 ありがたい!
 俺と懇意なバジル部長の姪というのも、
 フルールさんとの距離を縮め、親しくなるのに、追い風となるやもしれない。

 これは……
 リンちゃんと会った時よりもず~っと手応えがあるかも。

 うん!
 完全に吹っ切れた!
 リンちゃんよ、俺の事を忘れてどこかの誰かと幸せになってくれと切に願う。
 
 それに俺自身だってそう。
 ブラック企業勤務で、貧乏リーマンの大門寺トオルより、
 子爵家当主で将来有望な王都騎士副長クリストフ・レーヌの方が断然、有望株だもの。

 こうなるとフルールさんとの話は弾みに弾む。
 
 でも……ひとつ心配になった。

 硬派なイメージで通ってるクリスが、
 トオルみたいなナンパな男というイメージに変わっても良いのかと。

 つらつら俺が考えていたその時。

「じゃあ私はこれで……後はふたりで話すと良い」

 バジル部長は俺とフルールさんの橋渡しをした後、
 満足そうな笑みを浮かべ、そそくさと去ってしまった。

 おお、さすが部長!
 凄く気が利く。

 他人の幸せをアシストするばかりで、全くついていない人生の典型だった俺だけど……
 今、追い風がびゅんびゅん吹いている。
 この風に……乗るしかない!

 もしくは雨降って地固まるかな?

 フルールさんの癒し笑顔を見ながら……
 俺は来るべき幸せを確信していたのであった。
【相坂リンの告白⑧】

 衝撃の事実が発覚した。
 目の前に居る男性は、私が今夜会うべき相手だったから。

 全くの偶然とはいえ……
 バジル伯父から紹介されて吃驚した。
 よくよく聞けば、冒険者ギルドと王都騎士隊はいろいろな関係があるのだそうだ。
 
 例えば、騎士をやめた隊員の受け皿になるとか……
 規律がとても厳しく、一定の給金が決まっている騎士隊をやめ、
 いつでも、そして気楽に好きな依頼を受け、
 自由に稼ぐ『冒険者』を選ぶ人も多いという。
 冒険者ギルドの総務部長を務めるバジル伯父は、騎士隊の中でも、特に副長のクリスさんとは懇意にしていたらしい。

 まあ、クリストフさんとは30分後にどうせ会う事となる。
 ここは、堂々と元気良く挨拶しよう。

「はじめまして! 私、フルール・ボードレールです。男爵ボードレールの娘でバジルの姪です。……職業は聖女です」

 するとクリストフさんも丁寧に挨拶してくれる。

「こちらこそ、初めまして。バジル部長からご紹介があったかもしれませんが、改めて名乗ります。自分はクリストフ・レーヌです。爵位は子爵ですよ」

 ふうん……
 シスター達が噂していた通り。
 この人は子爵家当主なんだ。 
 でも、詳しく知らないふりをしておこうっと。

 私は改めて、クリストフさんを見る。
 結構いかつい強面だ。
 
 でも……結構、私好みかも。
 彼は顔の彫りが深く渋い雰囲気のイケメン。
 そして遠くから見ても分かる逞しい身体。
 法衣《ローブ》を着ていても、覗く二の腕は滅法太い。

 あれ?
 クリストフさんも私をじっと見てる?

 ああ、見つめ合う私とクリストフさん。
 何か、ドラマの1シーンみたい。
 今度こそ、運命の出会いって事? 
 
 そんなふたりを見守りながら、バジル伯父がいろいろ言っては来る……
 しかし私は緊張して、半分くらいしか内容が耳へ入らない。

 最近敷居が高くなっているのに、「私と会ってしょっちゅう話している」とか、
 「互いに噂をしていた」とか適当。
 否! 超が付くいいかげんな人!
 
 そして私達が「良い雰囲気だ」とか、「お似合いだ」とも、言ってる。
 どうせベタなお世辞だし、思い切ってスルーしちゃえ!

 一応、念の為、クリストフさんへ確認だけはしておこう。

「ええっと、レーヌ子爵様って、もしかして騎士隊の……あの有名な副長さん……」

「はい、王都騎士隊の副長をやってます。かしこまらず気楽にクリスと呼んで下さい」

「分かりました。クリス……さん」

「フルールさんは聖女? じゃあ……もしかして、この後、宝剣の間で?」

 ああ、やっぱりという感じ。
 クリストフ……否、クリスさんは今夜の参加メンバーのひとりだった。
 じゃあ、私もはっきり答えておこう。

「はい! 私も食事会に参加します」

 こうなると、「なあんだ」という事で打ち解け、一気に話は弾む。
 
 まず思ったのは……
 『人の噂』ほどあてにならないものはないという事実。
 
 教会所属であるシスター達の間では、王都騎士隊の隊長と副長は超が付く硬派。
 女性に対しては奥手で、且つ武骨なタイプという噂だった。
 
 それが実際に会って話すと全く違った。
 『本当のクリスさん』は女性に対し、臆したりしない。
 加えて、物腰が柔らかく、丁寧な物言いで、気配り上手。
 
 彼はけしてバリバリの硬派などでない。
 うん!
 彼の真実の姿は良く分かった。

 ここでふとチラ見すれば……
 クリスさんが熱く私を見つめる様子に対し、満足げに頷くバジル伯父。

 よっしゃ!
 お見合いお勧め作戦は大成功!
 
 ああ……
 伯父の「どうだい」という誇らしげな表情が……
 そして、自宅へ戻ってから、伯母に向かって行うであろう、
 得意げなVサイン&ガッツポーズが目に浮かぶ。

 少しだけ「いらっ」としたが……
 まあ……
 それはどうでも良いとして……
 クリスさんと色々話していると感じる。
 
 この人は騎士という荒々しい仕事をこなす反面……
 とても優しく気配り上手な人なんだって。
 
 ん?
 優しく気配り上手な人って?
 ……何故か、クリスさんには、以前にどこかで会った気がする。
 だけど全く違う世界から、この異世界に来た私だから……
 以前、彼に会ったなどありえない。
 絶対に錯覚だと思う。

 更に聞けば……
 クリスさんは先ほどまで、騎士隊の後輩さんと一緒だったとの事。
 ひとりになって会場を流していたら……
 バジル伯父に会って話し込んでいたようだ。

 ちなみに聖女は騎士隊の遠征に同行する。
 シスタージョルジエットが、アランさんと知り合ったのもそう。
 
 でも、巡り合わせの関係で、フルールはクリスさんとは初対面だった。
 
 ええっと、もしかして……
 クリスさん本来の姿が全く違っていたように、
 シスタージョルジエットが非難するアランさんが、
 外道で鬼畜だという噂も大いなる誤解では?
 
 でも、ここで彼にアランさんの事を聞くのはいかがなものか?
 絶対に良い事なんかない。
 下手をすれば、詮索好きな『悪役聖女』のレッテルを貼られ嫌われてしまう。

 それよりも、私は自分の幸せを追う。
 もしかして、今度こそ運命の出会いだと思うから。
 
 異世界に飛ばされた不幸な私に、
 神様――この異世界では創世神様が加護を与えてくださった。
 職業柄、そう信じよう。
 否、確信したい!

 前世に残して来たトオルさんの事は、とても心残りだけど……
 もうきっぱりと諦め、前を向かなければならない。

 それにミーハーだけど、
 クリスさんの『副長』って肩書きも、いかしている。
 私、実は新選組・土方歳三副長様の大ファンでもあるから。

 さすがに……
 前世でのそんな趣味も、クリスさんに対しては言えないけれど……
 
 初対面と思えないほど、彼とは不思議に話が盛り上がり……
 パーティの喧噪の中、私は楽しいひと時を過ごす事が出来たのだった。
【大門寺トオルの告白⑧】

 俺はヴァレンタイン王国『異業種交流会』会場に居る。
 
 そこで出会ったフルール・ボードレールさん、
 ボードレール男爵の娘さんで、仕事は聖女。
 冒険者ギルド総務部長バジルさんの姪っ子。
 
 容姿はスタイル抜群。
 顔も超美人。
 何となくリンちゃんに雰囲気が似ている俺好みの癒し系女子……

 更に偶然は重なった。
 彼女は、この後の食事会に参加するメンバーのひとりだった。
 何が幸いするか、分からない。
 全くの初対面なのにそういう奇跡的な共通項が合った為、
 フルールさんとはとても話が盛り上がった。

 でもさっきから俺の事をじ~っと見てる。
 変な感じかな、俺。
 ああ、大きな胸をつい凝視したのが……ば、ばれたかな?

 と、不安に怯えていたら……
 いきなり、フルールさんから声をかけられた。
 不意を衝かれて、思わずドキッとした。

「クリスさん、大丈夫ですか?」

「だ、だ、だ、大丈夫ですっ!」

 うわ!
 思いっきり噛んじっまった。

 そんな俺を見たフルールさん。
 ヤバイ!?

「クリスさん、さっきから……私の事をずっと見ていますけど……」

「…………」

「私って、何か変ですか?」

 うわ、ヤバイ。
 自分では気付かなかったけど……
 やっぱり俺は、フルールさんの事を変な目で見ていたんだ。

 凝縮された俺の不安がMAXに達しようとした、その時。

「ははははは、何か良い雰囲気じゃないか、君達」

「え? 伯父様?」

「うんうん、クリス君ならば、私もお前の母に自信を持って薦められる」

「ええっ?」

 戸惑うフルールさん。
 でも、さすが部長。
 俺の緊張感を解いてくれただけじゃない。

 それどころか、最高のアシストをしてくれた。
 
 凄く気が利く人だ。
 俺、貴方に一生ついていきますよぉ。
 ってな気分だ。

「と、いう事で、私はそろそろ失礼する。じっくりふたりきりで話すと良い」
 
 バジル部長は、グラスを持ち上げ、笑顔で乾杯のポーズをすると……
 俺とフルールさんを置いて、人混みに紛れてしまった。

「もう伯父様ったら……」

 いきなりの展開に、フルールさん、苦笑している。
 
 しかし、超が付く特大チャンスだ。
 ここまで部長にお膳立てして貰ったら、絶対に決めないと。
 フルールさんは俺の好みだし、性格も良さそう。
 彼女候補には申し分ない。

 そしてこんなことは、絶対に言ってはいけないが……
 もう二度と会えない……あの子に……とても似ているから。
 
「クリスさん、さっきの話の続きですが……何故、私をじっと見ていたのですか?」

 え?
 フルールさんったら、覚えていたの?
 もうその話題は変えましょうよ。
 頼むから。

 しかし、フルールさんが意外な事を言う。

「クリスさん」

「な、何でしょう?」

「私が変に見えるのは、確かかもしれません……」

「は? フルールさん?」

「実は今朝……凄くショックな事がありました」

「え?」

「だから……とても落ち込んでいるのです」

「凄く、ショックな事……ですか?」

「あ、いえ! 初対面の方には、お話しする事ではありませんよね?」

「…………」

「ああ、私ったら、……一体、どうしたのでしょう?」

 フルールさんは顔をしかめた。
 「余計な事を言って、しまった!」という表情をしている。
 
 そして、黙り込んでしまう。
 ……凄くヤバイ。
 このまま会話がぷっつり途切れた上、気まずくなって……
 この場限りでサヨウナラ……
 という可能性もある。
 大いにある。
 でもそれじゃあ、前世での失敗と全く同じ。
 単なる繰り返しじゃないか!

 何とか、話をつながないと。
 よし!
 ここは、『同じような話題』が良い? かな……

「じ、実は! お、お、俺も! け、今朝、ショックな事があったんです!」

「え?」

 ああ、俺は!
 よりによって!
 一体、何を言っているんだ?

 でも変だ?
 口が勝手に動いた?
 
 こんな事を言ったら、話がややこしくなるだけじゃないか。
 まさか、「気が付いたら……違う世界に居ましたよぉ」
 なんて口が裂けても言えるか! 

「ク、クリスさんもですか?」

 何故か、フルールさんが喰い付いて来た。
 対して、俺は、

「は、はい! とてもショックな事です」

 とまともに答えてしまった。

 ああ、何だ、これ?
 さっきから口が、勝手に動いて止まらない。
 
 まさか?
 誰かの魔法?
 んな、馬鹿な?
 俺は人から恨みを買うような事はしていないし、
 周囲を見ても、怪しい奴は居ない。

 だが俺の口は、己の意思に反して、止まらず……

「俺……いきなりアクシデントがあって、とても大切な人に会えなくなったのです」

「え? そ、それ……私もです……今朝とても不思議な事が起こって、凄く大切な約束が果たせなくなってしまったのです」

 ええっ?
 フルールさんも?
 それも不思議な事って?

 戸惑う俺だが、やはり口だけが止まらない。
 
「実は……俺のとても大切な人って……女の子なんです」

「女の子……」

「ええ、会った瞬間、運命の子だと感じたのですが……もう二度と会えなくなりました」

 俺は言い切って、確信した。
 そう、リンちゃんはやはり運命の相手だったと。

 しかし……
 俺の告白を聞いて、フルールさんはどう思っているのだろうか?

 不可解な事に、フルールさんは怒る様子もなく、
 俺の告げた言葉をゆっくりと繰り返す。

「運命の子……もう二度と会えない……」

「彼女とはたった一回だけデートをしました。俺の事を、お人よしねって優しく笑う顔が……とても素敵な女の子でした」

「…………」

「俺の話をいろいろ良く聞いてくれて、一緒に居て凄く嬉しかった、最高に幸せでした」

「…………」

「ごめんなさい。忘れようとは思っていました。もう取り戻せない過去の話ですから……」

「…………」

「だけど……やっぱり忘れられず……貴女を見て、つい、思い出してしまいました」

「わ、私を見て? その方を? お、思い出してしまったのですか?」

 ああ、聞かれた!
 というより、咎められた!
 も、もう駄目だ。
 折角、出会えたフルールさんとの出会いは滅茶苦茶に壊れてしまった。

 ここはもう謝罪するしかない。
 幸い、口は思う通り動いてくれそうだ。

「すみません! 凄く失礼な話ですよね?」

「…………」

 俺の謝罪を聞き、黙り込むフルールさん。
 と、またも口が勝手に動く。

「でも! フルールさん、貴女の声が……その彼女に凄く似ていたんです。仕草もそっくりだった」

 あああ~~、とうとう言っちゃった。
 決定的な言葉を!

 もう最悪だ。
 女の子を口説く時に、以前好きだった子を、引き合いに出すなんて。

「…………」

 やっぱり!
 ほら、フルールさんも、怒って黙り込んじゃったじゃないか。
 顔も伏せているし。
 ぶるぶると、身体まで振るわせてる。

 そして、フルールさんは遂に顔をあげた。
 彼女の目は……
 真っ赤になり、その上、涙がいっぱいあふれていたのである。
【相坂リンの告白⑨】

 私はヴァレンタイン王国『異業種交流会』会場に居る。
 
 そこで出会ったのがクリストフ・レーヌ子爵。
 レーヌ子爵家当主で、王都騎士隊の副長。
 私達シスターの間でも噂の硬派な男性。 
 
 騎士らしく逞しい身体。
 二の腕はムッキムキ。
 少しいかつい顔もイケメンの部類に入る。

 でも噂は噂。
 全然事実ではなかった。
 硬派なはずのレーヌ子爵はフレンドリーに、
 自分をクリスと呼ぶように告げて来た。
 
 更に偶然は重なった。
 彼は、この後の食事会に参加するメンバーのひとりだった。
 
 何が幸いするか、ホントに分からない。
 初めて会ったはずなのに、凄く奇跡的な共通項が合った。
 だからクリスさんとは、とっても話が合った。

 でもさっきから私の事をじ~っと見てる。
 どうしたのかな?

 あれ?
 クリスさんの様子がおかしい?
 もしかして身体の具合でも悪いのかしら?

 王都騎士の治癒回復を担う、聖女という職業柄放ってはおけない。 
 よし!
 声をかけてみよう。
 
「クリスさん、大丈夫ですか?」

「だ、だ、だ、大丈夫です」

 うわ!
 思いっきり噛んでるよ、クリスさん。
 ホントに大丈夫?

 でもそれよりも気になる事がある。
 クリスさん、何か私をじいっと見てる。
 
 健全な男子が女子へという『注視』とは何となく違うみたい。
 理由は不明だけど、ワケアリって感じだもの。
 
「クリスさん、さっきから……私の事をずっと見ていますけど……」

「…………」

「私って、何か変ですか?」

 と、聞いたその時。

「ははははは、何か良い雰囲気じゃないか、君達」

「え? 伯父様?」

「うんうん、クリス君ならば、私もお前の母に自信を持って(すす)められる」

「ええっ?」

 はぁ?
 何言ってるの、この人?
 昔と全然変わっていない。

 私は唖然としてしまうが……
 バジル伯父はどこ吹く風。
 
「と、いう事で、私はそろそろ失礼する。じっくりふたりきりで話すと良い」
 
 バジル伯父は、グラスを持ち上げ、笑顔で乾杯のポーズをすると……
 私とクリスさんを置いて、人混みに紛れてしまった。

「もう伯父様ったら……」

 いきなりの展開。
 私は苦笑するしかない。
 
 しかし、禍を転じて福と為すとも言う。
 ここまでバジル伯父にお節介されるのも、逆についているのかもしれない。
 
 しくて気配りが利くクリスさんは私の好みだし……
 彼氏候補には申し分ない。

 そしてこんなことは、絶対に言っては駄目だけど……
 優しくて気配り上手なのは……
 もう二度と会えない……あの人に……とても似ている。

 ま、まあ、良いか。
 会話が途切れないよう、ここは頑張ろう。
 
「クリスさん、さっきの話の続きですが……何故、私をじっと見ていたのですか?」

 あれ?
 何とか話をしようと、他愛もない話を振ったつもりなのに……
 クリスさんったら、とても困った顔をしている。
 
「クリスさん」

「な、何でしょう?」

 あ、また噛んだ。
 クリスさん、やっぱり動揺している。

「私が変に見えるのは、確かかもしれません……」

 へ?
 いきなり何言ってるの、私。
 口が勝手に動いたよ!?
 ほらぁ、クリスさんだって驚いてる。

「は? フルールさん?」

 案の定、ポカンとするクリスさん。
 ああ、こんな事を言うなんて!
 絶対に変な子だと思われてる!

 でも何故か、私の口は止まらない。
 制御不能! 制御不能!
 緊急事態発生!
 って、マンガの読み過ぎ?

 ぐるぐる回る気持ちと裏腹に、私の口調は冷静だ。
 ひどく淡々としている。

「実は今朝……凄くショックな事がありました」

「え?」

「だから……とても落ち込んでいるのです」
 
「凄く、ショックな事……ですか?」

 ああ、クリスさん、心配してくれている。
 凄く嬉しいかも……
 でも、自分の身に起きた異世界転移とか、不可解な内容は話せない。
 絶対に!

「あ、いえ! 初対面の方には、お話しする事ではありませんよね?」

「…………」

「ああ、私ったら、……一体、どうしたのでしょう?」

 ああ、やっと口の暴走が止まった。
 「余計な事を言って、しまった!」という後悔の念が押し寄せる。
 
 ……凄くヤバイ。
 このまま会話がぷっつり途切れた上、気まずくなって……
 この場限りでサヨウナラ……
 という可能性もあるじゃない。
 
 でもそれじゃあ、前世と全く同じ。
 単なる繰り返しじゃない!

 と落ち込んでいたら、
 何と!
 クリスさんまでが!
 
「じ、実は! お、お、俺も! け、今朝、ショックな事があったんです!」

「え?」

「ク、クリスさんもですか?」

 あ、あれ?
 何故に、何故に、
 私は突っ込まなくてはならないの?

 対してクリスさんは
 
「は、はい! とてもショックな事です」

 と、きっぱり言い切った。
 
 何だろう?
 そこまで彼が言うショックな事って?

 さっきの『失策』をすっかり忘れ、私の耳は集音器となる。
 クリスさんの話には、まだまだ続きがありそうだから。
 
「俺……いきなりアクシデントがあって、とても大切な人に会えなくなったのです」

「え? そ、それ……私もです……今朝とても不思議な事が起こって、凄く大切な約束が果たせなくなってしまったのです」

 ああ、思わず同意してしまった。
 でも……
 ふたり共静かに話をしているのに、気持ちがヒートアップして行くのがはっきり分かる。

「成る程……実は……俺が約束を果たせなかった相手って……女の子なんです」

「女の子……」

 ああ、衝撃の告白。
 クリスさんには……
 彼女候補が居たんだ……
 
 ショックを受けた私に対し、追い打ちは更に続く。

「ええ、会った瞬間、運命の子だと感じたのですが……もう二度と会えなくなりました」

「運命の子……もう二度と会えない……」

 そこまで止めをさされると、私は言葉がろくに出て来ない……
 ただクリスさんの言葉を繰り返すだけだ……
 
 でも……私だってそう!
 運命の人……
 トオルさんには二度と会う事は出来ない……

「彼女とはたった一回だけデートをしました。俺の事を、お人よしねって優しく笑う顔が……とても素敵な女の子でした」

「…………」

 え?
 お人よし?
 クリスさんが?

 いえ、違う!
 お人よしなのはトオルさん!

 突如!
 原因不明の既視感が私を満たす。
 不思議な予感も湧いて来る。

 そんな私の心を他所に、クリスさんは熱く惚気(のろけ)る。

「彼女はとても優しくて……俺の話をいろいろ良く聞いてくれて、一緒に居て凄く嬉しかった、最高に幸せでした」

「…………」

 ああ、素敵な褒められ方!
 とっても嬉しい!
 
 でも、自分が褒められているわけじゃないのに……
 何故、こんなにも嬉しいの? 

 私だってそう!
 トオルさんと一緒に居て、凄く幸せだった!
 これまでの人生で一番楽しいいひと時だった。
 
 はっきりと言い切れる!
 やっぱり私は、トオルさんが好き! 
 大好き!! 

 すると……
 どこからともなく…… 
 クリスさんの声に重なるように、トオルさんの優しい声がリフレインする。

 リンちゃん!
 
 ああ、懐かしい!
 私を呼ぶ貴方の声が! 

 会いたい!
 トオルさんに会いたい!

 再会への渇望に翻弄される私の耳へ、クリスさんの謝罪が聞こえて来る。

「フルールさん、ごめんなさい。忘れようとは思っていました。もう取り戻せない過去の話ですから……」

「…………」

「だけど……やっぱり忘れられず……貴女を見て、つい、思い出してしまいました」

 思い出した?
 私を見て?
 だ、誰を!?
 一体誰を思い出したのですかっ!

「わ、私を見て? その方を? お、思い出してしまったのですか?」

 と、つい聞けば……
 クリスさんは平謝り。

「すみません! 凄く失礼な話ですよね?」

「…………」

「でも! フルールさん、貴女の声が……その彼女に凄く似ていたんです。仕草もそっくりだった」

 私にそっくり!?
 まさか!
 
 でも、間違いない!
 もう言い切れる!
 クリスさんは……トオルさんなんだ!

 僅かに生まれた不思議な予感が……
 はっきりとした確信へ変わって行く。
 
 私の心に、得も言われぬ歓びがあふれて来る! 

「…………」

 言葉が出ない。
 出したいけど出て来ない!

 顔を上げて、クリスさんの!
 否、トオルさんの顔を見なければ!
 
 やがて……私は顔を上げた。
 でも……心に満ちた歓びは、涙もいっぱい連れて来た……

 心配そうに見つめるトオルさんの顔は……
 泉のように湧き出るたくさんの涙でにじみ、はっきりと見る事が出来なかったのだ。
【大門寺トオルの告白⑨】

 何と!
 フルールさんは、泣いている。
 それも号泣している。
 
 非常にまずい、マジでまずい。
 ここまで女子を大泣きさせるって。
 あまりにも目立つ。
 俺が極悪非道な男だと、とられてしまう。
 それ以上に泣いている女子を見るって、
 あまりにも男にとってはダメージが大きい。

 そして泣かせた理由も大が付く問題だ。
 
 フルールさんは絶対に怒っている!
 そうに決まってる。
 事もあろうに、彼女の前で他の女子を引き合いに出したのだから。
 
 ああ、俺の超大馬鹿!
 これでフルールさんに、完璧に嫌われた!
 
 折角、彼女の身内であるバジル部長に熱心にフォローをして貰い、
 結構良い印象を持って貰ったのに……

 もう!
 おしまいだっ!
 
 と、絶望感に染まった俺が頭を抱えたら……
 突如、フルールさんが尋ねて来る。

「クリスさん、変な事を! お、お、お聞きしても……宜しいですかっ!」

 変な事?
 一体、何だろう?
 でも、もういいや。
 開き直ってやれ。
 何でも聞け!
 い、いや……そんなに偉そうなのはまずい。
 どうぞ聞いてくださいませ。

「は、はい……お、俺の事だったら、な、な、何でも聞いてください」

「な、何でもって! クリスさん! ほ、本当ですかっ!」

「はい、本当です……お答え出来る内容ならば」

 あれ?
 変だ?
 おかしい?

 フルールさんの声が……
 怒っていない……ぞ?

 な、何故、怒っていない?

 それよりフルールさん、何か、慌てている。
 盛大に噛んで、声が完全に上ずっている。

 泣き腫らし、真っ赤な目をしたフルールさんは、
 顔を「くしゃくしゃ」にして真っすぐに俺を見る。
 とても真摯な眼差しで、俺を見ているんだ。
 
 そして、尋ねて来る。
 彼女が尋ねる内容が……不可解だ。

「あ、貴方の名前を教えて下さい」

 え?
 どうして名前?
 今更?

「ええっと、クリストフ・レーヌですけど……」

「い、いえ!」

「???」

「ほ、本当は! ち、違う、な、名前なのではないですか?」

 盛大に噛みながら、絞り出す、フルールさんの声……

 な?
 でも?
 
 ええっ?
 本当は違う名前って、何それ?

 俺もフルールさん同様に慌てる。
 何故か、奇妙な感覚に捉われる。
 既視感《デジャヴ》に近いかもしれない。

「……ち、違うって、ど、ど、ど、どういう意味ですか!?」

 盛大に噛んだ俺へ、更に衝撃的な質問が!

「ほ、本当の名前って……意味です」

「は? ほ、本当の名前!?」

「もしも……間違っていたら……」

「ま、間違っていたらぁ?」

 ああ、何だ!
 とんでもない、
 あまりにもとんでもない言葉が告げられる!
 そんな気がする!

 大いなる期待と底知れぬ不安が俺の中で交錯する。

「ごめんなさい……トオルさん」

 あああ、き、来たのは!
 お、大いなる期待の方だ!
 これって!
 き、奇跡が、奇跡が起きたんだぁ!!!
 
「え、ええええっ!? ト、トオルさんって!!! ま、ま、ま、まさかぁ!!!」

 俺がいきなり大きな声をあげたので、周囲で何人もが振り返った。
 「何事か?」と面白半分で、見ている奴も居る。
 
 しかし、フルールさんは動じていない。
 俺も、そんなのを気にする余裕がない。

「やはり! あ、あ、あ、貴方は大門寺トオルさん……でしょう?」

「そ、そ、そういう貴女は、あ、相坂……さん、もしかして、リンちゃん?」

 俺が呼んだあの子の名前に、フルールさんは大きく頷いた。
 はっきり肯定して、力強く頷いた。

 ああ、絶対にありえない!
 そんな奇跡が、まさに起こったのだ!
 
 数百万と人の居る大都会の交差点で……
 前触れもなく、いきなり、ばったりと会うように……
 
 未知の異世界に心が転移し、ぶっつり切れた筈の俺とリンちゃんの運命が……
 今、再び交わったのである。

「トオルさんっ!」

「リンちゃん!」

 俺達は互いに駆け寄って、手をがっちりと握り合った。
 ああ、綺麗で細い指だ、そして温かい。
 この完食、じゃない感触は間違いない!
 昨日、握ったばかりのリンちゃんの手だ!

 俺を見つめる、リンちゃんの声が震えている。

「これって……奇跡?」

 そう言われて俺は思わず頬をつねっていた。
 ……い、痛い!

「本当だよ、今確かめたから絶対に現実だ」

「本当!? よ、良かったぁ!」 

「でも君の言う通り、凄い奇跡だよ。頼む! 夢ならば、絶対に覚めないでくれ」

 思わず吐いたのは……
 たった今、起こっている事が、幻ではない事を再び確かめる言葉。
 そして、心の底からの本音。

 フルールさん、否!
 リンちゃんは、大きく深呼吸をしている。
 少しずつ落ち着いて来たみたいだ。

 そうだ!
 俺も慌てるだけじゃなくて、しっかり落ち着かないと。
 まずは、お互いの状況を確認して、これからの事を考えなければ。

 リンちゃんが、俺にまた聞いて来る。

「トオルさん……さっきの話って」

「ああ、俺は、気が付いたら、この異世界に居たんだ……王都騎士隊副長クリストフ・レーヌとして」

「やっぱり! 私もなのよ、気が付いたら聖女フルール・ボードレールだったの」

 フルールさんは頷き、更に言葉を続ける。

「……ねえ、トオルさん、ここは人目もあるし、落ち着かないわ。場所を変えて、どこかでお話ししませんか?」

 気になる。
 だって!
 フルールさん、否、リンちゃんはこんなに可愛いんだもの。
 
 まさか!
 彼氏がもう居る?
 
 そんなの、絶対に嫌だ!
 もし彼氏が居たら俺は……

 いや、まずはリンちゃんへ詳しい状況を聞かなければ!
 
 俺はそう考えたが、どうやら彼女も同じように思ったらしい。
 
「じゃ、じゃあ、場所を変えましょうか?」

「はい! 変えましょう、トオルさん」

「こ、この階の上、8階はショッピングモールになっています。そこにカフェがあったはずです」

「うふふ、了解……じゃあこの前みたいに、連れて行ってくださる?」

「りょ、了解!」

 もしかしたら、このようなケースがあるかと思って、
 俺は、この迷宮レジャーランド内の店を下調べしていた。
 
 こうして……
 俺はフルールさんこと、相坂リンちゃんの手を引っ張り、
 起きた奇跡を実感しつつ、夢見心地で魔導昇降機へ乗り込んだのである。
【相坂リンの告白⑩】

 僅か5分後……

 魔導昇降機から降りた私とトオルさんは、
 しっかり手をつないで迷宮の8階、ショッピングモールを歩いている。
 このショッピングモールは、アクセサリー店、洋服店、雑貨店等たくさんの商店があって、結構な人が居た。
 皆、楽しそうに買い物をしている。

 買い物をしているのは、最初からカップル同士で来たのか、それとも私達みたいにこの会場でカップルになったのかは分からない。
 だが、若い男女のふたり連ればかりだった。

 ああ、これって……
 転生する前の私が、望んでいたデートコースのひとつだ。
 次回のデートは私、トオルさんとふたりでショッピングを兼ね、映画を見に行きたいと思っていたから。

 前世……
 兼ねてから行きたいと思っていたお洒落なショッピングモールの奥には……
 これまたカッコいい映画館があった。
 
 今は、複数の映画館が入っているから、『シネコン』って言うんだっけ。
 そこで、超が付く話題の大ヒット恋愛映画をやっていた。
 
 結末を事前に知っちゃうと、つまらないけれど、
 ハッピーエンドって事だけはチェック済み。
 だから見た後は、幸せな気分に浸れる。

 昨日、話した時に確かめたけど、
 私もトオルさんも仕事が忙しくてまだ見ていなかった。

 まあ、異世界転移した私達ふたりが今居るのは西洋中世風異世界。
 さすがに、迷宮を改造したこのショッピングモールにシネコンは無い。
 というか、映画自体が存在しない。
 あるのはオペラみたいな芝居を上演する劇場らしい。
 でも……それはそれで見てみたいと思う。

 そんな悠長な事を考えている場合ではなかった。
 今置かれている状況は前世で想像した通り。
 トオルさんとふたりでデートしているという素敵なシチュエーション。
 
 だけど、トオルさんの彼女の有無……
 つまり『現実』を確かめるのが凄く怖い。
 現実さえ知らなければ……今だけは私、確実に幸せいっぱいなんだけど。

 つらつらいろいろ考えているうちに……
 私達はショッピングモールのカフェに入った。
 席はほぼ満席だったが、幸い一番奥の席が空いていた。

 期待と不安が入り混じった複雑な気持ちの私は、
 「きゅっ」とトオルさんの手を握った。
 するとトオルさんも、「ぎゅ」と握り返して来る。
 最高の、爽やか笑顔付きで。

 微妙な雰囲気が漂う中、
 私達は着席した。

 メニューは紅茶しかない。
 銘柄も記載なし。
 なのでトオルさんが紅茶をふたつ頼んでくれた。

 紅茶が来るまでの間がまた微妙……

 ああ、私……もう我慢出来ない。
 怖いけど……聞いちゃおう。
 
 そしてもし、特別な『彼女さん』が居るんだったら……
 思い切って!
 トオルさんへ、言ってしまおう。
  
 ラノベの敵役《かたきやく》、つまり悪役令嬢みたいで、嫌だけど。
 「私を選びなさい」って!
 手段を選ばず、強引に迫ってしまおう!
 
 だって!
 ここで迷っていたら、諦めてしまったら……
 
 もう二度とこんな奇跡は起こらない。
 そんな気がしたから。

 よ~し、決めた!
 言うぞっ!
 
「あ、あの……」

 ああ、私って、小心者。
 これだけ強い決意をしたのに……
 また噛んじゃった……ダサ!

 でも!
 トオルさんも慌ててる。
 
 もしかして何か、感じた?
 騎士として、長年の実戦で鍛えられた野生のカンって、事?

「な、何!?」

 ああ、トオルさん、果たして私から何を言われるのか、
 「どきっ!」としてるみたい。

 よっし!
 仕切り直しの、リスタート!
 
 でも、ビビりっ子の私は、くちごもりながら恐る恐る尋ねる。

「トオルさん……こ、怖いけれど……お聞きしても宜しいですか?」

「こ、怖いけれどって?」

「はい! あの……トオルさん……」

「は、はい!」

「ト、トオルさんには! こ、婚約者、もしくは特別な彼女さんって、いらっしゃいますかっ?」

 言った!
 遂に言ってしまった!

「ええっ!? こ、婚約者ぁ!」

 ああ、トオルさんったら、凄いオーバーリアクション。
 これって、もしや……駄目?
 私の想いは通じないの? 

 だって!
 異世界転移した今のトオルさんは王都貴族、レーヌ子爵家の当主。
 その上、女子達の憧れ『王都騎士隊』の硬派な副長。
 筋骨隆々の渋いイケメン。

 肩書きといい、全体的な雰囲気といい、、
 やはり、あの土方様に似ている。
 《まあ、当人に会ったわけじゃあないけどね》
 と、なればもてないわけがない。
 婚約者や彼女が居て当たり前なのだ。 

 しかし、トオルさんはきっぱりと告げてくれた。
 
「い、居ませんよ、そんな人は!」

「え? ほ、本当に?」

「本当です! で、でもリンちゃんこそ! カッコいいイケメンの彼氏が居るんじゃない?」

「わ、私は……」

 また口ごもりながら、
 「私も! そんな人は居ません」
 言い切ろうとした瞬間。
 
 怖ろしく真剣な表情で、副長レーヌ子爵、否、トオルさんが言う。

「お、俺、勇気を出すよ! も、もしリンちゃんに、というかフルールさんに彼氏が居ても絶対にあきらめないから!」

 ……よ、良かったぁ!!!
 トオルさんに『想い人』は居なかった。
 運命の再会を果たした私リンが愛し、愛される事が出来るのだ。
 
 そして、何と!
 告白もされてしまった。
 トオルさんと相思相愛になれるなんて、夢みたい。

 安堵し、脱力した私の口から、思わず本音が出た。

「よ、良かった」

「え? 良かったって?」

 ああ、トオルさん、確認をしたいんだ。
 私の言葉の意味を、
 そして本当の気持ちを!

 しっかりと私の気持ちに応えてくれたトオルさんへ……
 今度はストレートに私から愛を伝えよう。

「だって……私はトオルさんが大好き。全く同じ事を考えていたんですもの」

「ええええっ!!!」

 他の席で談笑するカップルが、驚いて注目するほど……
 トオルさんは、またも、大声を出していたのである。
【大門寺トオルの告白⑩】

 7時の集合まで時間がなかったので……
 俺とリンちゃんはお互いの現状と気持ちを確かめあった後……
 この異世界へ来た経緯のみ、極めて簡単に話して集合場所へ戻って来た。
 
 でも、これでもう安心。
 余裕を持って、食事会へは臨める。
 幸せの足音は確実に聞こえているから……

 まあ、あまり仲良くべったりで帰還すると、バレバレでしらけてしまう。
 なので残念ながら、リンちゃんとは怪しまれないよう別々に戻った。

 ……という事で午後7時、レストラン『探索《クエスト》』個室、宝剣の間。

 今日の食事会という名の自由お見合い、すなわち実質的な合コンは、
 俺の後輩『赤い流星』ことアラン・ベルクール騎士爵が手配した。
 
 改めて言えば、お相手は創世神様に仕える聖女様達。
 その中に、運命の再会を果たした相思相愛である俺の彼女フルール、
 すなわち異世界転移した『リンちゃん』も居た。
 
 聖女様達は、全員明るい。
 可愛い笑顔が素敵である。
 中でも俺から見て、ダントツ一番は当然リンちゃんなのだが。

「今晩わ~」
「今晩わ!」
「宜しくね!」
「あの人……恰好良い」

 聖女様達は元気良く挨拶をして来たり、ぽつりと呟く子も居た。

 ここでアランが、「そっ」と俺へ耳打ちする。
 やはり……念押しだった。

「クリスさん、度々申しわけない。最初の取り決め通り、ジェローム隊長をしっかりサポートしてください。それと乾杯以降の司会も宜しくお願い致します」

「了解、任せてくれ」

 当然、俺は「打てば響け」の返事を戻した。

 さてさて、今夜のメンツは男4人に女4人。
 アランの指示で、男女各4人ずつ並列、男と女が対面になるように向かい合う。
 
 通常は爵位、職級、年齢等を考慮し、席順を決める。
 今回俺はジェロームさんのフォローを頼まれた。
 なので、違和感なく一番上座にジェロームさん、俺、アラン、リュカの順に座った。
  
 また会が終わるまでに、全員が話せるようにもするのが、このような会の常識。
 一定の時間が経てば、男子のみが席を時計回りに移動するのだ。
 暗黙の了解なのだが、念の為、全員へ伝えておく。
 
 もしもファーストインプレッションで、お互いに意識したりとか、
 既に思惑があったしても、以上の仕切りに例外は認められない。
 
 改めて見やれば……
 リンちゃんが、俺の真向かいに座ったのでホッとする。
 
 だが、今後の男子軍団の動向にはじゅうぶん注意しなければならない。
 ジェローム隊長やアランが、魅力的なフルールさん、否!
 リンちゃんへアプローチする可能性だってあるし、全く気を抜けない。

 最初は……自己紹介からである。

 幹事同士は知り合いだから、当然お互いのフルネームを知ってはいる。
 だが、他の参加者は最初、ファーストネームと職業のみ名乗る。
 話が弾んで親しくなったら、初めてフルネームと詳しい素性を教え合うのが、
 これまた、異世界合コンのローカルルールなのだ。

「ジェ、ジェロームだ。お、王都騎士隊の隊長を務めている、今回は全員が俺の部下なので名前だけ名乗らせる」

「クリスです」

「アランです」

「リュカで~す!」

 男性陣の紹介が終了し、続いて女性陣である。

「シュザンヌです! 創世神様にお仕えする聖女をやっています。こちらも全員聖女だから名前だけ言いますね」

「フルールよ」

「ジョルジェットです!」

「……ステファニー」

 おお!
 やはりというか!
 シュザンヌさんを始めとして、タイプはそれぞれ違うが、全員可愛い。
 俺も、リンちゃんが居なければ、絶対目移りするところだ。
 
 そして少し驚いた。
 間違いない!
 彼女を王宮の晩さん会で何度か見かけた事がある。
 何と! 
 枢機卿の孫娘ステファニー殿《・》が居るではないか!

 どうして?
 と、思ったが……
 よくよく考えれば、こちらにも公爵閣下の御曹司ジェローム様《・》が居る。
 何か、事情があるに違いないが、下手に詮索などするのは野暮だ。

 自己紹介が終わると、当然ながら乾杯をする。
 店の方も心得ていて、冷えたエールのジョッキが出て来るタイミングは、バッチリである。
 
 ちなみに、この世界では、魔力で冷やせる冷蔵庫が普及している。
 なので、かつての地球の中世西洋と違い、食材の鮮度は抜群でとても美味しい。
 
 飲み物は冷蔵庫で冷やすのは勿論、店専属の水属性魔法使いが居て、
 キンキンに冷やした飲み物を出してくれる。
 
 挨拶後に、乾杯の音頭を取るのは幹事の役目である。
 今回は、男性陣の幹事役であるアランだ。
 乾杯以降は、俺が仕切りを頼まれている。

「では! 今夜の素敵な出会いを祝して! 貴女達、聖女の美しさに乾杯!」

 うっわ~
 さすがは、イケメン騎士。
 不器用な俺なら、絶対に無理!
 
 アランは気障《きざ》な台詞《セリフ》を平気で言い切った。
 でも、カッコいいから、全然嫌味に聞こえないのが凄い。

「「「「「「「乾杯!」」」」」」」

 カッチーン!
 コーン!
 コン!

 陶器製のマグカップが、軽くぶつけられる乾いた音が鳴り響く。

 さあ、いよいよ合コン……否、食事会の開始だ。
 フォローを頼まれた右横のジェロームさんを、俺はそっと見た。
 
 何となく、表情が硬い。
 挨拶の時も、緊張して噛んでいたし、少々心配だ。

 ジェロームさんの真向かいは、シュザンヌさんである。

 長いさらさらの金髪を、ポニーテールにした綺麗な碧眼の女性。
 少し冷たい雰囲気もあるが、顔立ちは整っている。
 胸もそこそこあってスタイルも良く、正統派の美人と言えるだろう。
 
 そして……
 まともに聞いたら「殺される」ので、絶対にそんな事はしないが……
 シュザンヌさんはおおよそ30歳といったところ。

 俺は再び、ジェロームさんを見る。
 
 髪はシュザンヌさんと同じ金髪でさっぱりとした短髪。
 彫りが深く濃い顔立ち。
 クラシックな2枚目タイプであり、体格もごつい。
 鍛えぬいた、典型的な騎士という雰囲気だ。
 もしシュザンヌさんとくっつけば、ホントお似合いのカップルなのだが……
 
 でも……
 さっきから気になっているが……
 ジェロームさんは、物腰までがやけにぎこちない。
 
 俺は、何となく嫌な予感がしたのである。
【相坂リンの告白⑪】

 午後7時、レストラン『探索《クエスト》』個室、宝剣の間……

 今日の食事会という名の自由お見合い、すなわち実質的な合コンは、
 私の後輩シスタージョルジエットが企画し手配した。
 
 お相手は、王都の警備にあたる王都騎士隊の精鋭騎士様達である。
 その中に、運命の再会を果たした私の彼氏騎士隊副長クリストフ・レーヌ子爵様、すなわち転生した『トオルさん』も居た。
 
 騎士様達は、ひとりを除いて全員明るい。
 爽やかな笑顔が素敵である。
 中でも私から見て、最もイケメンでカッコいいのは、トオルさんなのだが。

 ただ唯一、隊長のジェロームさんだけはとても生真面目って感じで、やや表情が硬め。
 まあ、仕方がないかもしれない。
 超が付く硬派で真面目だと、評判の御曹司だから。
 
 少なくとも、女性にだらしない軟派の『チャラ男君』よりはず~っとマシである。
 シスタージョルジエットによれば、アランさんがそういうタイプらしいのだが、彼の礼儀正しそうな物腰から、とてもそうは見えない。
 
 さすがに……
 シスタージョルジエットの思惑は、トオルさんへは言えなかった。
 この飲み会の趣旨が、アランさんを徹底的に弾劾し、吊し上げて告発するモノだなんて……
 
 う~、頭痛い。
 ストレスで胃も痛くなりそう……
 
「こ、こんばんは!」
「聖女の皆さん、お忙しいところお時間を頂きありがとうございます」
「宜しくお願い致します」
「あの子……可愛いっ!」

 騎士さん達は、挨拶をして来たり、嬉しそうに騒ぐ若い子も居た。
 
 トオルさんはというと、やっぱりというか、
 「お忙しいところをありがとう」と優しく労りの言葉をかけてくれた。
 うん、素敵だ!

 ここでシスタージョルジエットが、「そっ」と私へ耳打ちする。
 やはり……念押しだった。
 当然、例の件の……

「シスターフルール、準備は宜しいですか? 最初の取り決め通り、あいつの化けの皮をはぎますから、私をしっかりサポートしてください」

「は、はい……」

 やっぱり気乗りがしない。
 私は遠回しに「当惑」の返事を戻した。
 だけど、怒りに燃えるシスタージョルジエットには全く伝わらないようだ。

 あ~、また胃が痛くなる~。
 
 さてさて、今夜のメンツは女4人に男4人。
 シスタージョルジエットの指示で、男女各4人ずつ並列、女と男が対面になるように向かい合う。
 
 通常は職級、年齢等を考慮し、席順を決める。
 なので、シスターシュザンヌ、私、シスタージョルジエット、シスターステファニーの順に座った。
  
 また会が終わるまでに、全員が話せるようにもするのが、このような会の常識。
 一定の時間が経てば、男子のみが席を時計回りに移動する。
 暗黙の了解なのだが、シスタージョルジエットからは、全員へ通達があった。
 
 もしもファーストインプレッションで、お互いに意識したりとか、
 既に思惑があったしても、以上の仕切りに例外は認められないらしい。
 
 改めて見やれば……
 トオルさんが、私の真向かいに座ったのでホッとする。
 
 だが、今後の女子軍団の動向には重々注意しなければならない。
 え? アランさん糾弾の件?
 いえいえ、それもあるけど、違う件なのです。
 そう、トオルさんの件。
 すなわち、私以外のシスター達が、魅力的なクリスさん、否!
 トオルさんへ熱くアプローチする可能性があるし、
 『彼女』である私としては全く気を抜けないもの。

 そんなこんなで、最初は……自己紹介からである。

 幹事同士は知り合い。
 だから、当然お互いのフルネームを知ってはいる。
 しかし、他の参加者は最初、ファーストネームと職業のみ名乗る。
 もしも話が弾んで親しくなったら、ここで初めてフルネームと詳しい素性を教え合うのが、異世界合コンのローカルルールらしい。

「ジェ、ジェロームだ。お、王都騎士隊の隊長を務めている、今回は全員が騎士。俺の部下なので名前だけ名乗らせる」

「クリスです」

「アランです」

「リュカで~す!」

 男性陣の紹介が終了し、続いて女性陣である。

「シュザンヌです! 創世神様にお仕えする聖女をやっています。こちらも全員聖女だから名前だけ言いますね」

 シスターシュザンヌから目で促され、私が続く。

「フルールよ」

 そして同じく、他のふたりも、

「ジョルジェットです!」

「……ステファニー」

 わぁ!
 やっぱりというか!
 
 改めて見やれば、ジェロームさんを始めとして、タイプはそれぞれ違う、
 だが、騎士様は全員凛々しい。
 私も、トオルさんが居なければ、目移りしていたかも!
 
 自己紹介が終わると、乾杯に……
 店の方も心得ている。
 冷えたエールのジョッキが出て来るタイミングは、絶妙かも。
 
 ちなみに、この異世界では、魔力で冷やせる冷蔵庫が普及しているという。
 なので、かつての地球の中世西洋と違い、食材の鮮度は抜群でとても美味しい。
 これ、ラノベで言う『ご都合主義』って事かしら?
 
 飲み物は冷蔵庫で冷やすのは勿論、店専属の水属性魔法使いが居て、
 驚くほど冷やした飲み物を出してくれる。
 
 挨拶後に、乾杯の音頭を取るのは男性幹事の役目。
 今回は、アランさんである。

「では! 今夜の素敵な出会いを祝して! 貴女達、聖女の美しさに乾杯!」

 うっわ~。
 さすがは、イケメン騎士。
 きざなセリフも違和感が全くない。

 さあ、乾杯だ。
  
「「「「「「「乾杯!」」」」」」」

 カッチーン!
 コーン!
 コン!

 陶器製のマグカップが、軽くぶつけられる乾いた音が鳴り響く。

 さあ、いよいよ合コン……否、食事会の開始である。
 私は左横のシスタージョルジエットを、そっと見た。
 
 一見可愛い笑顔なのだが、やはり表情が硬い。
 少々心配、否、大いに心配。

 シスタージョルジエットの真向かいに座るのは、彼女の『標的』アランさんである。

 彼が言った乾杯の音頭を聞き、まずは透き通るような美声に驚いた。
 まるで一流歌手のようだ。
 
 もしも、こんな声で甘く愛をささやかれたら、女子はたまらない。
 加えて、さらさらの美しい金髪に碧眼。
 端整な顔立ちは、女子にもてもてなのも凄く良く分かる。
 
 片やシスタージョルジエットだって、女性から見ても魅力的。
 もしもふたりがくっつけば、とてもお似合いのカップルなのだが……
 
 ふたりを見守る私は、何となく嫌な予感がしたのである。
【大門寺トオルの告白⑪】

 騎士隊の任務中とは全く雰囲気が違うジェロームさん。
 
 いつもは毅然として、勇猛果敢、大胆不敵……
 そんな素敵な言葉を、そのまま人に具現化したような、
 何者にも臆さないナイスガイなのに……
 妙齢の女子に囲まれ、ここまで硬い雰囲気になるとは……

「こんばんわっ!」

 つらつらと、そんな事を考えているうちに、
 真向かいの聖女様から声がかかった。
 
 声をかけて来たのはフルールさんこと……リンちゃんである。
 先ほどカフェで行った打合せ通り、
 俺と彼女はさりげなく『初対面』を装っていた。

「こんばんわ、フルールさん!」

「こんばんわ! ええっと、クリスさんって、もしかして愛称ですか?」

「ええ、本名はクリストフ、クリストフ・レーヌです」

「そうなんだ! この出会いってもしや運命なのかしら? うふふふふ」

 ああ、リンちゃん、ダメよ、ダメ。
 いきなり、そんなにフレンドリーじゃ……
 
 運命の出会いを遂げて、とっても嬉しいのは理解出来るけど……
 傍《はた》から見たら、凄く不自然極まりない。
 俺達が『特別な関係』だって、ばれてしまう。
 
 でも、まあ良いか……ばれたって。
 後で適当にいいわけすればOK。
 俺だって、嬉しくてたまらないし、天にも昇りたい気持ちだ。
 仲が良いのを見せつければ、逆に『恋敵』への牽制になるやもしれぬ。

 と、都合の良い事をつらつら考えていたら、
 リンちゃんが元気よく挨拶して来た。 

「私、シスターフルール、本名はフルール・ボードレール! 宜しくね」

「はい、宜しくお願いします」

「うふふ……私、もっともっとクリスさんの事を知りたいわ」

「俺もさ!」

 前世地球の合コン同様……
 男女間の会話が盛り上がったところで、
 次の飲み物を頼むのが、この異世界合コンの常道である。
 
 そして、次の飲み物も、大体決まっている。
 この世界の女子は乾杯したエールよりも、断然ワインの方を好むからだ。
 当然、事前確認は必須だ。

「フルールさん、飲み物頼もうか? ワイン?」

「はい! 白ワインが大好きです! うんと冷やしたの!」

 あはは、リンちゃん、異世界転移しても好みが全く変わっていない。
 相変わらず笑顔が可愛いなっ!

 ここで俺は、右側のジェロームさんを見た。
 ……駄目だ!
 硬くなるどころか、完全に固まってる。

「ええっと! ジェロームさん?」

「ななな、いきなり何だ?」

 うわ!
 このうろたえよう、どうしたのさ、隊長!
 いつもの貴方らしく、しっかりしてくださいよう! 

 まあ、良いか。
 仕方がない、ぐだぐだ言っても。
 それより早速、フォローしなければ。

「俺がジェロームさんとシュザンヌさんの飲み物も、一緒にオーダーしますよ」

「う、うむ!」

「なので、ジェロームさん、シュザンヌさんへ、何が飲みたいのか、聞いて頂けますか」

「はぁ? 何故だ?」

「え?」

「彼女の杯には、まだあんなにエールが残っているぞ。勿体ない!」

 おいおい、駄目だ!
 この人……本当に……
 
 いや、そんな事を言っては、いかん。
 この俺が……しっかりフォローするんだった。

 よし、ここで新たな作戦だ。
 憑依したクリスの硬派なイメージは完全に崩壊するが、背に腹は代えられぬ。

 俺はわざと、おどけた口調で言う。
 まるで道化師のように。

「じゃあ、シュザンヌさんの残ったエール、俺が貰っちゃおうかなぁ?」

「わぁ! クリスさんったら! 駄目、浮気しちゃあ」

 お!
 ここで、いきなり突っ込みが入った。
 
 突っ込んだのは、リンちゃん?
 ちょっと、怖い目で、俺の事を睨んでいる。

「それって、シスターシュザンヌと間接キッスという事になるでしょう? いきなり浮気はダメダメ! 私のエールを飲んでね!」

 おう、そう来たか!
 普通に駄目なのか、またはリンちゃんも気遣ってくれたのかは微妙だ。
 しかし、こういうフォローはとても助かる。

 よし!
 切り返しは、こうだ!

「じゃあ、俺はフルールさんのエールを飲みます。だから、ジェロームさんもシュザンヌさんのエールを貰って下さい。間接キッスで!」

「やった!」

「うふふ……」

 息がばっちり合って、リンちゃんは、ガッツポーズ。
 そしてシュザンヌさんも、初めて笑顔を見せた。
 
 どうやらジェロームさんとの会話が、全く弾んでいなかったようだから。
 とりあえず作戦は成功だ!

 しかし!
 想定外の裏切者が現れたのだ。
 それは当人のジェロームさん!

「いや! 俺は赤の他人が口をつけたエールなど、万が一の事を考えたら飲めん! どうしたんだ、クリス! いつものお前らしくないぞ!」

 ああ! 
 いつものお前らしくないぞって!?

 おいおいおい!
 何、言ってるんだよ!

 ジェロームさんたら、空気読めよ!
 思いっきり盛り下がるじゃあないか!
 万が一何かあったら、
 治癒専門の聖女様が目の前にいらっしゃるじゃないですか?

「…………」

 案の定、シュザンヌさんは白けた表情になり、
 リンちゃんも大袈裟に肩を竦めた。

 これは、まずい!
 非常にまずい!
 いわば、緊急事態だ。

 俺は、左横に居るアランを見た。
 少しでもフォローしてくれればありがたいもの。

 すると……

 は?
 こいつ!
 もう対面の聖女様と、甘い雰囲気に入っている。
 
 素早い!
 常人の10倍の速度で、女子を口説いて落とす。
 さすが『赤い流星』!!!

「なぁ、アラン」

 俺は、小声で呼び掛ける。
 しかし!
 アランは完全スルー、完全無視だ。
 しかたなく音量アップ。
 
「おい、アラン」

「……何ですか?」

 俺が再び呼ぶと、アランは俺へ向かって、とても不機嫌そうな顔を向けて来た。
 
 そうか!
 やはりアランの、今夜の『獲物』はジョルジェットさんなんだ。

 こいつがこれ以上怒ったら、ヤバイ予感がする。
 でも、臆してはいられない。
 想定外の緊急事態なのだから。

「このままでは、ジェロームさんがヤバイ。すべりまくってオミットされちまう」

「はぁ? 副長が何とかしてくださいよ。だから最初に頼んだでしょう?」

 いや、さすがにそれは……無茶振りだ。
 ここはふたりの『合わせ技』でいかないと、ジェロームさんを説得出来ない。
 
「アラン、頼む。お前からも俺のいう事を無条件で聞いてくれるよう、隊長へお願いしてくれ。そうして貰えば後は上手くやる」

 俺の言葉を聞き、切実な表情を見たアランは、
 渋々という感じで頷いたのであった。