【相坂リンの告白⑦】

 私は、仕方なく単独行動で会場をうろうろしていたが……
 やがて、午後6時30分となり、主催者の挨拶が始まった。

 このパーティの主催者は王家、
 それも国王リシャール陛下の弟君フィリップ様。

 国民から親しみを込めて、『殿下』と呼ばれるフィリップ様は32歳。
 王国宰相も務める重鎮で、頭脳明晰な凄い切れ者。
 その上、超が付くイケメン。
 だけど王位への野心が全く無い、誠実清廉な方だから陛下の信望も厚いそうだ。

 え?
 じゃあ、殿下が恋愛対象?

 そんなの無理無理!
 絶対無理!!
 フィリップ殿下は王族で、遥か雲の上の方。
 いくら貴族とはいえ、しがない男爵の娘フルールでは身分が違いすぎる。

 さてさて!
 前世でも、私はパーティなるものにあまり出席した事はない。
 看護師の仕事が多忙だったし、知り合いが皆無に近い会合など行きたくはない。

 でもこのような時の作法は知っているし、フルールの知識も後押ししてくれる。
 うん、この後の展開はっと。
 確か、殿下の挨拶終了後に合図をされ、シャンパン、ワイン等で全員が乾杯するはずだ。

 やがて……
 殿下の挨拶は終わった。

 予想通り、乾杯準備の声がかかり、皆が一斉に近くのグラスに手を伸ばした。

「ヴァレンタイン王国の、ますますの発展を創世神様へ祈願し、乾杯!」

「「「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」」」

 当然私もグラスを高々と掲げ、乾杯を唱和した。
 そして冷えた白ワインに口をつけたその時。

「おいおい、フルーじゃないか? 一体どうしたね?」

 魂が同居するフルールが、聞き覚えのある声だと教えてくれる。
 だから私リンには分かる。
 
 この人は……身内。
 母の兄、すなわち伯父さんだ!

 そう、声をかけて来たのは、
 私が身体を借りたフルール・ボードレ-ルの伯父、
 冒険者ギルド総務部長バジル・ケーリオだった。

 それもバッタリという言葉がぴったり。
 正面から向き合い、目まで合ってしまった、
 だから、今更どこかへ隠れるわけにもいかない。

「バジル伯父様?」

「うむ、フルール、久しぶり。一体どうしたね?」

 いや、一体どうしたね? じゃない。
 こっちこそ、どうしようか、私は大いに迷った。

 正直に理由を言ったら、ややこしい事になる。

 自由お見合いはイコール婚活食事会。
 すなわち私フルールが結婚を望んでいると丸わかり。
 それは困る。
 凄く困る。

 何故ならば、心に棲むフルールの記憶がはっきりと教えてくれる。
 この伯父さんには困った性癖があると。

 私リンからすれば、もう大昔? になるだろうか、
 前世私の居た日本には良く言えば世話好き、
 悪く言えばお節介なオジ、オバがいっぱい居た。

 彼等彼女達は、適齢期またはそれ以外の対象へでも……
 ひたすら『縁結び役』として徹し、
 結婚成約数を生き甲斐として来たのだ。
 このような方々のセリフには、いくつかのパターンがある。

「良い人が居る」
「良いご縁の口がある」
「いいかげん良い年齢だし、そろそろ結婚を考えてはいない?」
「せめて写真だけでも見てくれる?」等々……

 物腰は柔らかく、断りにくい誘い文句で、半ば強引に『お見合い』を設定してしまう。
 まあ、こういう方々がずっと健在ならば、もう少し日本の成婚率は上がっていたかもしれないとは思った。 

 この伯父はまさにそういう人。
 彼の伴侶、つまり伯母にはフルールがとても可愛がられていたみたい。
 だから、彼女は幼い頃から、良く遊びに行っていたのだが……
 大人になってからのある日、事件は起きた。

 この伯父から、しつこく見合いを勧められたのだ。
 でもフルールは一旦断ったみたい。
 
 しかし伯父は諦めなかった。
 下手をすれば喧嘩になりそうなくらいに……
 幸い伯母が間に入り、事なきを得た。
 だが、それ以来この伯父の家からは足が遠のいていた。

 閑話休題。

 私リンは、少し考えてから答える。

「ええ、ちょっと職場の友人達と食事会です」

 自分でも思う。
 とても曖昧《あいまい》な言い方だって。

 でも聖女という職業上、嘘はつきたくなかった。
 だからこう言うしかない。
 ね、実体は合コンだけど、嘘はついていないでしょ?

 私の言葉を聞いた伯父は「ふうん」と言う。
 自分から聞いといて、あまり興味なさそうな返事。

 ああ、ピンと来た。
 もうこの人、自分の話したい話題へ切り替えようとしているんだって。

「丁度良い、フルールに紹介したい人が居るんだ」

 わぁ~~!!
 案の定、来た来た来たぁ!!
 必殺の「お見合いしましょう」攻撃が来たぁ!!!

 私はヤバイと思い、すかさず身をひるがえし、逃げようとした。
 だが、しかし!

「貴女が部長の姪御《めいご》さんですか?」

 伯父の声ではない、全然若い男性の声が背中へ追っかけて来た。
 ハッとして、思わず立ち止まり、振り返ると……

 背が高く、逞しい法衣《ローブ》姿の男性がひとり立っていたのである。