【相坂リンの告白①】 

 私は相坂リン。
 25歳、独身。
 職業は看護師。
 某大学附属病院勤務。

 病院といっても仕事は様々だけど、私の職場は入院病棟詰めの看護師。
 勤務は2交代制。
 日勤、夜勤が混在する不規則なローテで仕事をしている。

 ちなみに病院により勤務時間帯に若干差はある。
 ウチの病院で日勤は午前9時から実質午後6時、
 夜勤は午後5時から実質翌朝の10時。
 結構ハードで、体力と気力が相当ないと勤まらない。

 もう少し詳しく説明すると、日勤は勤務が午前9時の開始。
 午後5時になったら夜勤の看護師が入るので、
 引継ぎをして午後6時くらいに勤務終了となる。

 じゃあもっと具体的に言うね。
 まずは色々用意して、午前10時前に患者さんの体温と血圧を計る。

 更に簡単な問診も行う。
 体調の変化をまず聞く。
 これは必須。

 朝食は朝7時だから、完食したか、否かも。
 患者さんの食欲状態を確認する為だ。
 
 ついでにさりげなく便通の有無を聞く。
 ひととおり終わったら当日のレントゲンやMRI等の検査予定も伝える。

 またウチの病院は看護師が食事の配膳もする。
 入院患者さんの唯一の楽しみは食事かも。
 だけど病院の食事は通常の食事とは味付けが違う。

 食材の制限があるので、メニューは限られている。
 基本、塩分の摂り過ぎはNG。
 なので、だいぶ塩っ気が控えめなものが多い。
 
 栄養士さんは試行錯誤。
 日々の献立作りに苦労し、頑張ってはいる。
 だが、たいていの病院は、
 委託された専門業者が病院食を作るので味自体は微妙かも。

 口の悪い患者さんは、どのような献立を出しても
 「こんなまずいものが食えるか」と悪態をつく。
 食事は通常と同じく、朝、昼、夜の3食だが、夕食だけ夜勤担当の看護師が配膳する。

 そんなこんなで懸命に働くと、時間はどんどん過ぎて行く。
 当然、ナースコールがあれば呼ばれた病室へすっ飛んで行く。
 
 私が病室へ駆けつけると、患者さんは皆安心するみたい。
 看護師の中には患者さんを自主的にリハさせる為
 「自分で出来る事は自分でやって」
 と、冷たく突き放す人も居るみたい。
 
 でも私は患者さんのお世話をするのが大好きだから我がまま言われても苦にならない。
 ベタな言われ方で、少しだけ照れたが『白衣の天使様』って喜ばれた事もある。
 でも患者さんがふざけておらず、真顔で心から感謝して言ってくれたから……
 とても……嬉しかった。
 
 午後5時から勤務開始の夜勤は、実質翌朝の10時まで仕事をする。
 睡眠はまともにとれず、数時間の仮眠だけ。
 これは結構辛い。
 
 更に夜勤は病院の方針で勤務する看護師の人数が少ない。
 ウチの場合だと日勤は大体10人前後居るのに、夜勤は半分の5人。
 夜は患者が寝ているとはいえ、日によってはナースコールが鳴りっぱなし。
 夜通し働きづめという事もある。

 患者さんは、病院の規則で午前6時には起床。
 私達看護師も睡眠不足の眠い目をこすり、
 朝一番で体温と血圧、そして体重も計る。
 簡単な質問もして、容態の確認もする。
 何か異常があれば勿論、少しでも気になる事があればドクターへ随時報告する。

 指示に従う素直な患者さんばかりならいいけれど、そうもいかない。
 逆にわがままな患者さんの方が多い。

 特に朝一番で採血の際はてこずる。
 朝から針を刺され、血を取られるのは誰でも嫌なもの。
 
 患者さんの気が乗らないのと共に、不思議と『相性』があるみたい。
 相性が悪いと、上手く採血が出来ずにとても嫌がられる。
 ちなみに採血の練習は、同じ院内の看護師同士でやる事が多い。

 まあ、こんな感じで仕事はだいぶきつい。
 けれど、給料はまあまあ。
 都会でワンルームマンションを借り、ひとり暮らして行くのには充分だ。 
 元々看護師志望だったし、さしたる不満はない。

 但し、唯一の不満がある。
 男性との出会いが極端に少ない事だ。
 
 最も接する患者さんは病院の方針もあるし、恋愛の対象外。
 となれば、次いでドクターか、もしくは同じ職種の男性看護師。
 周囲を見れば、彼等との恋愛と結婚が比較的多い。
 同じ医療の仕事をしていれば理解し合えるし、話題が合うからかも。

 でも私は他の看護師とは少し嗜好が違っている。
 仕事を理解してくれるのは望ましいけど、まずは趣味のぴったり合う人が希望。
 あまり周囲には言っていないけれど、実は私、重度の中二病なのである。
 
 特にライトノベルが大好き。
 剣と魔法が幅をきかせ、魔物が跋扈(ばっこ)するファンタジー。
 つまり中世西洋風異世界の冒険譚(ぼうけんたん)にわくわくする。
 
 ラノベの登場人物では、職業柄というか、神に仕える聖女様に憧れる。
 癒し系の治癒士も素敵だなと思う。 
 
 大好きな相手と思う存分、ファンタジー愛を語り合いたい。
 それがいつか叶えばと望む遠き夢……

 何故遠き夢かといえば、
 こういう趣味ジャストな人と知り合うのはなかなかもって難しい。
 仕事柄ゆっくりSNSをする時間はない。
 それにネット内で他愛もない雑談をするだけなら構わないけど。
 実際にふたりきりで会うのは……少し怖い。

 相性ピッタリの、真面目で優しい彼氏はとても欲しい。
 けれど、素敵な出会いがない。
 愛し愛される大好きな相手に巡り会えない。
 という独身女子にありがちな悩みを抱えている。

 そんなある日……
 高校時代の親友アリサから電話があった。
 
 この日は夜勤。
 帰宅後、少し眠った後に洗濯。
 それが終わって、ホッとひと休み。
 温かいコーヒーを飲んでいる時だった。

 アリサは高校時代の同級生。
 大学を卒業し、OLをやっている。
 久しぶりに聞くハスキーな声が懐かしい。

「はぁい、リン、元気? 恋してる?」

「恋してない! 相変わらず出会いがないもん。でも元気だよ」

「わぁ、じゃあ、心に邪悪なストレス溜まってる? 深夜こっそり起きて、藁人形(わらにんぎょう)に呪いの釘打ってない?」

 アリサめ。
 相変わらず、歯に衣着せぬ言葉の直球を投げて来る。
 だから私も思い切り「かあ~ん」と打ち返す。

「ストレスは、い~っぱいたまってるよ。だけど呪いの釘なんか打ってないって」

「うふふ。じゃあさ、私が不思議な魔法を使ってリンの真っ黒なストレスを発散させてあげるよ」

「は? 不思議な魔法?」

 え?
 何?
 どういう意味?

「もう、リンったら。は? じゃないわ。ところで明日って時間ある」

「時間って?」

「夜よ、夜。特別な飲み会があるの」

 飲み会?
 お酒飲んで発散するって事?
 いやいや、そんなの魔法じゃないって。
 
 まあ、私もお酒自体は嫌いじゃない。
 だけどお酒でストレス発散って、どこかのおじさんみたいで微妙。
 もしかして、飲み会後にカラオケでも行くのかしら?

「飲み会なの? なぁんだ。でもアリサ、特別って何?」

「うふふ。私だって普通の飲み会だったら、こんなに大袈裟には言わないわ」

「何? 話が見えないよ、アリサ」

「ごめんごめん、リン。回りくどくて。明日は特別な人が来るのよ」

「特別な人?」

 ふうん……
 特別な人って、芸能人か、プロ選手みたいな有名人でも来るのかしら?

「ほら、この前言ってた愛の伝道師よ」

「は? 愛の伝道師って、何それ?」

「ほら、リン。この前話したら貴女も笑ってたじゃない。私の友達の知り合いに、凄いお人よしが居るって」

「あ、ああ、思い出したよ。あの人ね」

 アリサがずっと遠回しに言うから、話が全然見えなかったけれど……
 私はようやく思い出した。
 聞いた事があるぞ、愛の伝道師って。
 確か、仲間内で噂になっていた男性である。

 その人、見かけはいたって平凡。
 人の好さとまじめだけが取り柄らしいけど。

 でも、真面目で優しい。
 その上、凄く面倒見(めんどうみ)が良いとも聞いていた。

 『彼女』が居ないくせに、他人の恋のお世話ばっかりしてるって。
 自分の事しか考えない人が多い昨今、珍しい人だって噂。

 そして彼が飲み会に来ると、カップルの誕生率が奇跡的に高いって話だった。
 で、ついたあだ名が愛の伝道師。
 おだてる為に、皆『様』までつけてるって。

 そういえば……
 看護師をしていると、常人とは感覚が違って来る。
 何故か、人の本音が見えやすくなってしまう。

 さっきも言ったけど、今どき自分の事しか考えない人が多い。
 愛の伝道師さんの話が本当なら、そんな人はなかなか居ない。

 ちょっとだけ興味が出て来た。

 巷で情けは人の為ならずっていうけれど……
 愛の伝道師さんみたいな人は……結局幸せになれないのかなと思う。

 だけどそういう人って、嫌いじゃない。
 誠実なのは間違いないだろうから。

 私は基本的に真面目な人が好きだもの。
 でも中二病の好みも含め……
 「男性に求めるレベルが少し高すぎるよ」って、アリサからは良く言われる。

「初恋以来、リンは恋してないって聞いて、親友としては心配なのよ」

 初恋以来……私は恋していない。
 確かにそうだ。
 
 私は幼稚園に入る前、一緒に遊んでいた幼馴染みが大好きだった。
 名前はトオル君。
 残念ながら、苗字は憶えていない……

 今も思い出す……
 トオル君はとても優しかった。
 おままごと遊びにも、よく付き合ってくれた……
 彼が私の初恋の相手……だと思う。

 でも私が遠い都会へ引っ越して、トオル君とは離れ離れになってしまった。
 あの時は、悲しくて毎日泣いていた。

 でも……
 絶対忘れないと決めていたトオル君の笑顔は…… 
 月日が経つうちに、遠い記憶として埋もれてしまった。
 それがまた、悲しくなる……

 ブルーな私の気も知らず、アリサは結構能天気。

「それに超中二病のリンには、ぴったりの相手じゃない? 愛の伝道師様は、少しオタクっぽいって話だし」

 あはは……『超中二病』って、笑える。
 良かった。
 ホッとした。

 アリサったら、私の気持ちを見抜いてる。
 さっすが親友。

「ま、まあね」

「あ、否定しないね。もしかして興味ある? 愛の伝道師様に?」

 おお、アリサ。
 君は愛の伝道師さんの事、言えないくらいなお節介っ子。
 看護師の私より、ず~っと世話好き女子だ。

 でもここは……アリサの好意に甘えよう。

「う、うん。私、真面目で優しい人が好きだから」

「よっし。良い感じ。もしリンが伝道師様とくっつかなくても、普通に仲良くなるだけでいいじゃない。彼こそ不思議な魔法を使って、素敵な出会いをもたらすかも」

「お~、それは確かに」

「うふふ、リンが初恋した相手と運命の再会が出来たりして! というわけで明日は大丈夫かなぁ?」

 明日?
 随分、急。
 でも……超ラッキー!
 神様が私をしっかり見てくれていて、願いを叶えてくれたのかも。

「ええっと……明日と明後日は珍しく連チャンで休みだから大丈夫。OK! 行くよ、飲み会」

「じゃあ、決まり! いつものカフェで夕方5時に待ち合わせよ、飲み会は6時スタートだから」

「分かった、了解!」

「それでね、リンとは久々に会うから飲み会の前にさ、たっぷり話そうよ」

「うふふ、再び了解!」

 というわけで、アリサからのお誘いにより、
 私は『伝道師様』が来る飲み会へ行く事となった。
 
 まあ、久々にアリサに会えるのと、
 この飲み会が『素敵な出会い』のきっかけくらいになれば……
 というのが本音だった。

 しかし……
 その飲み会で、私の人生が大きく変わるなんて……
 全然思ってもみなかったのだ。