「人間観察は大事だから」
朝顔の観察でもするみたいな気軽さで蒼井くんはさらっと言ってくれるけど、見られていた瞬間がバイト情報誌と睨めっこしていた時だというのがなんだかあれだ。
「時給は三千円。どう? 仕事はこの店の店員業務。こちらとしてはぜひとも働いてもらえると助かるんだけど」
「え、店員業務だけで三千円? 高くない?」
「扱ってるものが高いからね。当然、壊したら自腹で弁償。そのリスクも込み」
さらりと言われて、私は納得する。そういえばさっきの万華鏡の中にも宝石が入っていたりするんだった。ガラスだって特別カットのものは宝石並みに高いし、確かにその理由なら納得もできる。
「なんで私?」
「信用できそうだから。さっき宝石いるか聞いたとき、『見合うものが返せない、いらない』って言っただろ。あれはモノとのトレードオフの関係を、ちゃんと理解できてる人の言葉だからさ。絶対に、そういう人は盗みをしない。それに」
にやりと不敵に笑って、蒼井くんは私の顔を覗き込んだ。
「僕に何かしたりしたら、君の学校での立場が危ない。分かるだろ?」
この人、学校での自分の立ち位置を分かって言ってるな。
平たく言えば、悪いことをしたらバラすぞということだ。学校の人気者である彼の、ファンと友人を敵に回すのは、想像するだけで恐ろしすぎる。万事休す。
「ま、桐生さんは僕にとって安全人材ってことさ」
ぽん、と私の肩に手を置いて蒼井くんが朗らかに言った。
なんでだろう、多分ここはときめくところなんだろうけど、肩に触れられても全然嬉しくない。むしろその満面の笑顔が逆に怖い。
「どうする?」
笑顔のまま、聞いてくる蒼井くん。私はしばし考え込んだ。笑顔は胡散臭いけどバイト先の待遇がいいし、家からも比較的近いし。よくよく冷静に考えれば、何かしたら学校での立場が悪くなるのは彼も同じじゃないか。私もだけど、蒼井くんも悪さができない。
彼は、私にとっても『安全人材』だ。
「分かった。ここでアルバイトさせてもらってもいいでしょうか」
「本当か! 助かる、ありがとう」
極め付けに、蒼井くんは天使のような微笑みを繰り出す。その笑顔はずるい、と思わせるほどの威力で。
「じゃあ決まりだ。これからよろしく、桐生さん。改めまして、蒼井悠斗です」
「あ、改めまして、桐生更紗です」
私は彼と握手をする。蒼井くんの足元でティレニアが「にゃおーん」と鳴き、尻尾を振った。
「ティレニアも、よろしく」
私が黒猫に目を合わせて言うと、猫はするりとしっぽを私の足に摺り寄せて、店の奥へと駆けて行く。
「じゃあ初日は明日で。空いてる?」
「うん、空いてる」
私はスーパーのアルバイトのシフトを頭の中で確認してから頷いた。
「よし、じゃあ明日からよろしく。詳しいことは明日説明するから」
蒼井くんがにこりと微笑む。店員業務に詳しいこととは? とは思ったが、私は素直に「分かった」と返事をしてしまった。
私はまだこの時、気が付いていなかった。このアルバイトが、『ただの』店員業務ではないことに――。
朝顔の観察でもするみたいな気軽さで蒼井くんはさらっと言ってくれるけど、見られていた瞬間がバイト情報誌と睨めっこしていた時だというのがなんだかあれだ。
「時給は三千円。どう? 仕事はこの店の店員業務。こちらとしてはぜひとも働いてもらえると助かるんだけど」
「え、店員業務だけで三千円? 高くない?」
「扱ってるものが高いからね。当然、壊したら自腹で弁償。そのリスクも込み」
さらりと言われて、私は納得する。そういえばさっきの万華鏡の中にも宝石が入っていたりするんだった。ガラスだって特別カットのものは宝石並みに高いし、確かにその理由なら納得もできる。
「なんで私?」
「信用できそうだから。さっき宝石いるか聞いたとき、『見合うものが返せない、いらない』って言っただろ。あれはモノとのトレードオフの関係を、ちゃんと理解できてる人の言葉だからさ。絶対に、そういう人は盗みをしない。それに」
にやりと不敵に笑って、蒼井くんは私の顔を覗き込んだ。
「僕に何かしたりしたら、君の学校での立場が危ない。分かるだろ?」
この人、学校での自分の立ち位置を分かって言ってるな。
平たく言えば、悪いことをしたらバラすぞということだ。学校の人気者である彼の、ファンと友人を敵に回すのは、想像するだけで恐ろしすぎる。万事休す。
「ま、桐生さんは僕にとって安全人材ってことさ」
ぽん、と私の肩に手を置いて蒼井くんが朗らかに言った。
なんでだろう、多分ここはときめくところなんだろうけど、肩に触れられても全然嬉しくない。むしろその満面の笑顔が逆に怖い。
「どうする?」
笑顔のまま、聞いてくる蒼井くん。私はしばし考え込んだ。笑顔は胡散臭いけどバイト先の待遇がいいし、家からも比較的近いし。よくよく冷静に考えれば、何かしたら学校での立場が悪くなるのは彼も同じじゃないか。私もだけど、蒼井くんも悪さができない。
彼は、私にとっても『安全人材』だ。
「分かった。ここでアルバイトさせてもらってもいいでしょうか」
「本当か! 助かる、ありがとう」
極め付けに、蒼井くんは天使のような微笑みを繰り出す。その笑顔はずるい、と思わせるほどの威力で。
「じゃあ決まりだ。これからよろしく、桐生さん。改めまして、蒼井悠斗です」
「あ、改めまして、桐生更紗です」
私は彼と握手をする。蒼井くんの足元でティレニアが「にゃおーん」と鳴き、尻尾を振った。
「ティレニアも、よろしく」
私が黒猫に目を合わせて言うと、猫はするりとしっぽを私の足に摺り寄せて、店の奥へと駆けて行く。
「じゃあ初日は明日で。空いてる?」
「うん、空いてる」
私はスーパーのアルバイトのシフトを頭の中で確認してから頷いた。
「よし、じゃあ明日からよろしく。詳しいことは明日説明するから」
蒼井くんがにこりと微笑む。店員業務に詳しいこととは? とは思ったが、私は素直に「分かった」と返事をしてしまった。
私はまだこの時、気が付いていなかった。このアルバイトが、『ただの』店員業務ではないことに――。