黒蓮は興奮気味の李花と困惑している雪月を見送り、縁側へと腰掛けた。心地よい風が肌を撫でていくのを感じながら庭を眺める。ここから見える景色はほとんど変わることなく、そしてそれはこれからも続くものだと思っていた。時を共にしてくれる人がいることの楽しさを、いつから忘れてしまったのだろうか、と過去を振り返るが思い出せる気がしなかった。
 雪月と共に過ごすうち、感情の変化に気が付かなかったと言えば嘘になる。だが黒蓮からは何も言わなかった。言えるはずがなかった。己が雪月に与える言葉の重みは、きっと想像以上だと知っていたからだ。好きなだけここにいることを許可する言葉しかかけてやれなかった。牙鋭が言っていた小心者という黒蓮に向けられた言葉は、そういった意味では当てはまっていたのかもしれない。雪月に気持ちを告げられたとき、驚きと嬉しさで何も言葉が思いつかなかった。
「あ……。」
 黒蓮はどうするべきだったのかと一人思案していると、焔に叱られていたことを思い出した。
『雪月殿にばかり言わせてどうするんじゃ。お主が炊事より何より先に雪月殿から学ぶことは、そういうとこだと思うがのう。』
「……。」
 いざ言葉にしようとすると、どうしたら良いのかわからなくなる。雪月はあの時どれだけ勇気を出してくれたのだろうと今になって考えた。黒蓮は、改めて己の不甲斐なさに呆れたが、それでも雪月は笑って隣にいてくれるだろうと、心のどこかで安心しているのもまた事実だった。もちろん、そういうところに甘えてしまっていることもわかっている。
 だが、その笑顔を守り続けていかなければならない。それは黒蓮に与えられた最高の試練なのだから。
「俺は幸せ者だな。」
 黒蓮は苦笑しながら一人ぼやいた。

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