黒蓮はそのまま雪月が泣き止むまでずっと抱きしめ続けた。

「雪月?」
 返事はない。
「寝てしまったようだな。」
 黒蓮はゆっくりと雪月を布団に寝かせた。

            *

(あれ? 私また寝て…あっ!)
 雪月は先ほどのことを思い出して赤面した。横には黒蓮が座っている。ずっとここにいたのだろうか。
「ごめんなさい。また寝てしまって…。」
「いや、やはり疲れが取れていなかったのだろう。身体はもう大丈夫か?」
 泣いていたせいで若干目が熱いが、足の痛みはさっきとは比べ物にはならないくらい引いていた。黒蓮の手当てと、薬湯が効いたのだろう。
「はい。足ももうほとんど痛くありません。」
「そうか。それは良かった。」
「はい…。」
 雪月は、さっきの今でどうしたら良いか分からず、言葉を続けることができなかった。
 しばらくの沈黙の後、黒蓮は再び口を開いた。
「……最後にもう一つ聞きたいことがあるのだが、いいか?」
「なんでしょう?」
「お前は幽世に行ったことはあるか?」
「? ありませんが…」
(なぜそんなことを聞くのだろう。)
 疑問に思っていることが黒蓮に伝わったのか、質問の理由を話し出した。
「この釁隙には限られたものしか入ることができないんだ。入れるのは、神や限られた妖怪、あとは俺が許可を出した人間だけだ。だが雪月はどれにも該当していない。」
「つまりほとんどの人間は入れないということですか?」
「そういうことだ。たとえ巫女であろうと入ることはできない。ただ、幽世に言ったことのある人間なら例外があるかもしれないと思ったんだが…。」
 雪月は今までの人生をもう一度よく振り返ってみるが、特に思い当たるようなことはなかった。「結界は張り直したばかりなんだがな。穴があったか、それとも…」と(ひと)()ちる黒蓮を見て、なんだか悪いことをしてしまったような気がした雪月は途端に落ち着かなくなった。
(あまり長居してもご迷惑だろうし、早くここを去らなければ…)
 そんなことを考えていると、黒蓮は雪月の予想外の言葉を発した。
「足の痛みが引いたなら、この屋敷と庭を案内しよう。場所が分かったほうが生活しやすいだろうからな。」
「え⁉︎」
(生活?)
 雪月は自分の聞き間違いかと思い、黒蓮を二度見する。