李花の元へ向かうと、微かに甘い香りが漂っていた。
「あの、これ! あたしが育てていた沈丁花なんですけど、お祝いにと思って…。」
 おずおずと差し出された沈丁花を雪月は笑顔で受け取った。花びらの外側は赤紫色、内側は白い小花が密集して咲いている。
「ありがとうございます。とても綺麗。」
 沈丁花は七里香(しちりこう)という異名がつけられているほどの強い芳香がある。由来は七里先までその花の香りが届くということからきている。
「その花は、あたしの大切な人たちが育てていた花なんです。あたしはずっと上手く育てられなかったんですけど、今年は綺麗に咲いたから雪月さんにも見せたくて。これくらいしかお祝いできないですけど。」
「そんな大切な花を…ありがとうございます。」
「喜んでもらえて良かった!」
 すると、恥ずかしそうに笑った李花の頭にはぴょこんと猫の耳が現れた。おまけに二つの尾も出ている。
「李花さん、人形がとれるようになったのですか?」
「え、あ!」
 李花は慌てたように猫耳を手で押さえつけた。
「ちょっとできるようになったんですけど、興奮すると戻っちゃって…」
「完全に人形がとれるようになったら、その人たちのところに行くのですか?」
「実は、どうしようか悩んでいます。いきなりあたしみたいな子供が現れてもそれはそれで困らせそうで…。だから、あたしも雪月さんみたいに薬学を勉強して人の役に立ちたいなって思って。」
(李花さんは本当に人間のことが好きなんだな。)
 それが特定の人だけではなく、多くの人に向けられたものに変わったということに、雪月は嬉しく感じた。
「素敵なお考えですね。私にも何か手伝えることがあったら言ってください。」
「そのことなんですけど…。」
 李花は上目遣いで雪月を見た。
「黒蓮さまや雪月さんに、薬学を教えてもらえないかと思いまして…。あたし一人で学ぶには限界があって…。」
 この数日で李花がもう薬学を学び始めたことに雪月は驚いていた。李花は一度やると決めたらすぐ行動に移す性格なのだろう。
「私は全然構いませんが…」
「本当ですか⁉︎」
 李花は大きな瞳を輝かせてそう言った。
「はい、もちろんです。」
「黒蓮さまは許可してくれるでしょうか…。」
「大丈夫ですよ。見返りを求めずに人の成長を喜んでくれる方ですから。」
 それは雪月が一番理解していることだ。自信を持って言える。
「じゃあ黒蓮さまにもお願いしてきます。」
 そう言うや否や、李花は黒蓮を探しに駆けていった。