「なぜこんなに早く知れ渡っているんだ…。」
 黒蓮は呆れたように目の前の着物一式を見つめている。ここ数日は誰も来ていなかったが、夜が明けるとある妖怪が屋敷に訪れていた。氷織(ひおり)という雪女の妖怪である。彼女は雪月と黒蓮二人分の着物を持って、定期的に開かれている宴への参加のお誘いをしに来たのだ。もちろん理由は雪月の嫁入りが決まったからである。そのお祝いを兼ねて明日の日が落ちた頃、盛大に開かれるらしい。しかしあの夜からそう何日も経っていないのに、妖怪たちには知れ渡っていた。
「とても豪華ですね…二日で作ったとは思えません。」
「また腕を上げたらしい。」
 ぜひ仕立てたこの着物を着て参加してほしいとのことだった。都ではとてもお目にかかれない豪華さだ。普段黒蓮や雪月が着ている着物や浴衣は、全て氷織が作ったものらしい。患者の着替え用にと女性用の衣類も屋敷には揃っている。雪月が最初に着せてもらった浴衣もその一つだ。
 雪月のために用意された着物は、深い青に薄紅色の桜の柄が映えている。さらに生地には銀糸が織り込まれており、星のように輝くそれは幻想的な雰囲気を醸し出していた。
 対して黒蓮の着物と羽織は深い紫色で無地。一見豪華には見えないが、羽織が裏勝りになっている。裏勝りとは、表地よりも豪華な裏地を忍ばせることである。羽裏は脱いで初めて他人に見える場所だ。雪月と同じ桜の柄と、銀糸で繊細な刺繍が施されている。
 気恥ずかしさは残るが、せっかく用意してくれたものなので着ていくことにした。

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