雪月と黒蓮もようやく屋敷に戻った。そう何日も空けていたわけではないが、久しぶりな感じと安心感に包まれ、雪月は思わず笑みが溢れた。ところが黒蓮はずっと自己嫌悪に陥っている。
「俺は本当に駄目だな。約束一つ守れない。危害は加えさせないと言っておきながら、こうして危険な目に合わせてしまったし、他の妖怪も巻き込んでしまった…。」
(黒蓮様、かなり自責の念に駆られてらっしゃる…。)
 ちなみに今まで牙鋭が人間に手を出そうとした時は、ことごとく黒蓮がその場で止めていたらしい。どうやって牙鋭の行動を見抜いていたのかといえば、嫌な予感がしたから赴いてみれば牙鋭がいた、とのことだった。今回上手く対応できなかったというより、今までが奇跡である。
「黒蓮様、そんなにご自分を責めないでください。牙鋭さんも分かってくれたみたいですし、こうして私も無事っ…」
 雪月は話している途中でいきなり、しかし優しく抱き締められた。
「ああ、本当に無事で良かった…!」
 その声はまたも少し震えている。雪月は安心させるように抱き締め返した。いつかの黒蓮が自分にしてくれたときのように。
「俺はもう数え切れないくらいの時を越えている。その中で孤独には慣れたつもりだった。でも、孤独に慣れても何の意味もないということをお前は教えてくれた。」
 相手がたとえ人間でなくとも、そこから感じられる温もりが確かに存在することが、雪月は嬉しかった。
「食事をする楽しさも、星を見る喜びも、誰かと時を共にする幸せを思いださせてくれた。…俺は雪月に教わってばかりだな。」
 黒蓮は困ったように微笑んだ。
「私もですよ。」
(これからも一緒にいたい。特別な存在になりたい。)
「あの、黒蓮様…」
 雪月の中で渦巻いてきた思いが、はっきりと形になった。しかし、言葉が出てこない。
「なんだ?」
 大切な想いほど、言葉に出来ぬものだ。だが雪月は、「愛情を示すことを恐れてはならない。」という母の言葉を思い出した。恐れ多くて言葉に出来なかったこと。無意識のうちに考えないようにしていたこと。
 雪月は赤く火照った顔で黒蓮を見上げた。
「好き、好きです、黒蓮様。」
 黒蓮は息を呑んだ。言葉が見つからないのか、口を開きかけてまた閉じる。
「私は黒蓮様のずっとお側にいたいです。特別な存在になりたいです。私を…眷属にしてもらえませんか?」
 黒蓮は目を見開いたまま固まっている。雪月は、誰かの言葉や一時の感情に流されているつもりはなかった。ただ心から、そうありたいと願ったのだ。
 ひどく長く感じられた時間は、黒蓮の声によって終わりを迎えた。
「本気か?」
「はい。」
 雪月は形容しがたい感覚に襲われ、汗が背中を伝っていくのを感じながら黒蓮の次の言葉を待った。
「……お前を俺の眷属にはしない。」
「ぇ…。」