「相手が傷つくのを気にしなくなったら、本物の怪物になってしまうかもしれません。でもあなたはあの時、苦しむ私を見て力を緩めてくれたじゃないですか。」
 雪月は首を絞められた時、やめてと言ったが本当にやめてくれるとは思っていなかった。牙鋭の言ったように、殺さなければ良い話だからだ。しかし同時に瞳の奥に見えた気がした悲しみの色も忘れていない。牙鋭自身、己のしていることにどこか疑問を抱いていたのだろう。
 今度は牙鋭が雪月の言葉に目を見開いた後、小さく「悪かったな。」と謝った。
「黒蓮。」
 牙鋭に呼ばれ、黒蓮は視線だけで応える。
「いい人に会ったな…。オレも昔にこんなヤツに出会っていたら、何か違ったのかもしれねぇ…。」
 そして再び雪月の方を向いた。
「ありがとな…。……雪月…。」
「牙鋭様!」
 体力の限界だったのか、牙鋭は気を失ってしまった。
「颪さん、牙鋭さんをお願いできますか?」
「はい。」
 雪月は風呂敷ごと颪に渡した。牙鋭は屋敷に連れ帰れないし、植物由来の生薬は効かない。雪月は心配に思ったが本人の治癒力に頼るしかないのだ。
 颪は牙鋭を抱き上げると、二人に頭を下げた。
「色々とご迷惑をおかけしました。」
「颪、といったな。俺の方こそすまなかった。牙鋭を頼む。」
「はい。それでは。」
「いつかまた、顔を見せてくださいね。」
「…そうですね。いつか。」
 颪は目を細めてそう答えると、ゆっくりと去って行った。さらしの下で、口元が弧を描いていたのは気のせいではないことを祈りながら、雪月は二人を見送った。
 雲の隙間からは、再び白い月が顔を覗かせていた。