「…牙鋭さんを手当てしても良いですか?」
「…ああ。オレも手伝おう。」
「まさかお前に手当てされる日が来るとはな。」
 牙鋭は黒蓮を見つつそう言うが、もう動く気力も無いのか抵抗しなかった。雪月は風で吹き飛ばされかけていた風呂敷を開いて布を取り出す。慌てて準備してきたので、薬房にあった布やさらしはほぼ全て詰め込んできたのだが、結果的に役に立った。
 牙鋭に薬草はもちろん使えないので、直接圧迫して止血する。颪と三人で手分けしながら手当てしているが、牙鋭本人はというと、別人になったかのようにおとなしい。すると、空を見つめたままポツリと呟いた。
「なんでオレはこんな風にしか生きられねぇんだろって、ずっと思ってた。」
 雪月は目を見開いて手を止め、牙鋭の方を見ると牙鋭も雪月のことを見ていた。
「…あんた強いんだな。」
「え?」
(どういう意味だろう。)
「私は特別な力は持っていませんが…」
「そうじゃねぇ…。ただ、強いヤツは自分の人生を嘆いたりしねぇんだなって思っただけだ。」
 牙鋭は、雪月がどういった境遇で黒蓮と共にいるのか知っているらしかった。牙鋭は再び空を見つめると、独白を始めた。
「人間はオレの力に敵わない。オレに喰われることしかできない。他の妖怪も怯えて近づかない。オレはそれで自分が強い気になっていた。…でも言いかえればそれしかできない。実際、力が及ばずこのザマだ。」
 弱さを認めることこそが、牙鋭にとって強くなるために必要だったのだろう。そして、自分の思い通りにすることが全てではないと気付くべきだったのだ。
「オレは本当に醜い怪物(ばけもの)だな。」
 そう言って、苦しそうに、悲しそうに笑った。
「……そうでしょうか。」
 今まで黙って聞いていた雪月はもう一度、しかし今度はしっかりとした眼差しで牙鋭を見つめた。