雪月は体験したことのない速さと浮遊感に叫び出しそうなのを堪えつつ、前を見据えた。黒蓮と牙鋭の周りには風の壁ができており、二人の位置を捉えるのがやっとだった。しかしまだ距離がある。
「強行突破します!」
「はい!」
 颪は雪月を抱えたまま、風の壁に体当たりする。
「っ…!」
「大丈夫ですか?」
「ちょっとかすり傷が増えただけです。」
 雪月は無傷だが、颪は雪月を庇ったため風とともに飛んでいた枝や石で切れてしまったらしい。しかし風の壁は越えることができた。
「ごめんなさい。私のせいで…」
「気にしないでください。それより、これ以上は安易に近づけません。」
 黒蓮の周りには更に強い風が渦巻いており、細く雷電が生じているのも見える。しかし二人の状況はもっと絶望的だった。黒蓮はこちらに気づいておらず、なんとか立っている牙鋭に無表情で近づいている。
(どうしよう。黒蓮様は終わらせる気だ…。)
 颪は悔しそうに二人を見つめている。自分が牙鋭を救出しようにも、速さで劣ると自覚しているのだろう。
「颪さん、私が黒蓮様の元へ行きます。」
「…信じますよ。」
 颪はもう雪月を止めることはしなかった。雪月は礼を言って黒蓮のもとへ走り出す。
「黒蓮様!」
「…雪月?」
 黒蓮は牙鋭に向けていた視線をゆっくりとこちらへと向けた。鋭い眼光に思わず足が竦みそうになる雪月だったが、構わず前に進む。痛いほど強かった風が少し和らいだ気がした。
「おやめください、黒蓮様。他者を救いたいとおっしゃっていたではありませんか!」