「神だからって偉ぶりやがって。自分だけ勝手に偉いと思ってるこの小心者が!」
「自分一人の力などたかが知れている。まして自分だけが偉いなどと思っていない。」
「ハッ。何を言う。優越感にも劣等感にも踊らされたことのないようなお前が、分かったような口を利くな!」
 激闘と舌戦を繰り返しているが、どう見ても黒蓮の方が優勢だった。牙鋭は身体中から血を滴らせながらも、黒蓮への攻撃を止めようとしない。牙鋭の瞬発力は凄まじく雪月には目で追うことも困難だが、黒蓮からしたら大したことではないのだろう。
(早く止めないと…!)
 おそらく、黒蓮が終わらそうとすればこの争いは一瞬で決着がつく。それくらい二人の力の差は歴然としていた。
 しかしここから雪月が声を発したとしても雷雨でかき消されるだろう。さらしや布を包んだ風呂敷を持って洞窟の外に出ようとした雪月を、訳が分からないといった様子の颪が引き留めた。
「あなたが間に入ってどうするのですか⁉︎」
「でも早く止めないと…牙鋭さんも危ないのですよ!」
「何があっても手を出すなと言われています。」
「そんなことを言ってる場合ですか⁉︎」
「自分は牙鋭様に忠誠を誓った身です。命に背くなど…」
「では今までの行動は、命に背いていないのですか?」
「それは…」
 颪は言葉を続けることができなかった。だがそれは気持ちの問題だけではない。颪は一種の(まじな)いをかけられており、命に背くことができないのだ。しかし今、己の中で矛盾が起こっている。
「だから私が行きます。私は牙鋭さんに仕えているわけではないので。」
「駄目だ。危険すぎます。行かせられません。」
 颪は雪月を掴んだ腕を離そうとしない。
(確かに、何の力もない私じゃどうにもならないかもしれないけど…。ここで何もしないほうが私は絶対後悔する。)
「やはり颪さんもお優しいですね。でも大丈夫ですよ。それに、私は私の大切なヒトを信じていますから。」
「……では自分も一緒に行きます。救って欲しいとは言いましたが、あなたに危険に身を投じて欲しいわけではないので。」
 刹那の葛藤の末、颪は掴んでいた雪月の手を離した。
「自分に掴まっていてください。限界まで近付きます。」
 そう言うと颪は雪月を抱き抱えた。雪月は言われた通りに、颪にしがみつく。雪月が掴まったのを確認した颪は、足に力を込め物凄い速さで雷雨の中を走りながら跳躍を繰り返し、一気に二人のもとへ向かった。
 雪月が、人間が持つ最大の武器は「覚悟」なのかもしれない。