黒蓮は獣の姿で山の中を走り抜けていた。次第に動植物の数が減ってきているので、牙鋭が近くにいることは分かるが、肝心の雪月の居場所がわからない。牙鋭は住処を転々とするので居場所を把握しにくいのだ。
「何処だ、雪月…!」
 すると、何処からか銀髪の男――牙鋭がひらりと姿を現した。
「よう、黒蓮。」
「…牙鋭。」
 黒蓮は強い眼差しを向けたまま、人形になった。
「お~すげぇ怖い顔。」
「雪月を何処へやった。」
「縛って隠してある。見張りもいるから自力で逃げ出すのは無理だろうな。」
「何が目的だ?」
「いつも言ってるだろ。人間を喰べて何が悪い。」
「無駄な殺生をするなと言ってるんだ。それに雪月は関係ないだろう。」
「オレは利用できるものは全て利用する。あの人間を返して欲しければオレの邪魔をするのはやめろ。」
 二人の頭上では、雷雲が渦を巻き始めている。
「そんな要求に俺が応じるとでも?」
「応じないなら、どうなるかくらい分かるよなぁ?」
 悪辣な要求に黒蓮は眉間の皺を深くする。 
「牙鋭、前にも言ったはずだ。次このようなことがあれば容赦しないと。」
「別にオレはここでやってもいいんだぜ。」
 凄みのある声で牙鋭はそう言うと、瞳の赤を一層強く光らせニヤリと笑った。一気に殺気を漂わせ始める。
「ここでお前を堕とせばいい話だからな。」
「…そうか。お前はそれを選ぶんだな。」
 黒蓮は一度悲しそうに目を伏せた。そして再び牙鋭を睨んだ双眸は、もう漆黒ではなかった。

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