先ほどは、寝起きだったのと、驚いたこともありよく見ていなかったが、地紋の入った黒染めの着物と、長い黒漆の髪がよく似合っている。着物の袖から覗く男らしい大きな手には、黒い紋様があった。手の甲から腕の方へ続くと思われるそれは、人ではないことを強調しているようにも見えるが、何より、長めの前髪から覗く吸い込まれそうなくらい美しい黒い瞳に釘付けになってしまっていた。
「これは山梔子(さんしし)。梔子の果実を粉末にし、煎じて消炎排膿薬にしたものだ。先ほども言ったが化膿止めになり…どうかしたか?」
 雪月が見つめていたことに気づいた男は、怪訝な顔で見つめ返した。
「い、いえ。いただきます…。」
 そこでやっと失礼すぎるほど見つめていたことに気づかされ、顔を赤らめながら湯呑みを受け取った。
 男は、雪月が薬湯を飲み始めるのを見て、安心したように「ふう。」と小さく息を吐いた。
「急がなくていい。落ち着いたら、お互いの疑問を解決することにしよう。」
 ずっと見られていると緊張すると思いつつも、自分も人のことは言えないので黙って薬湯を飲み干した。
「怪我の手当てや、この薬湯も。…その、浴衣まで、ありがとうございました。えっと…」
「あぁ、そう言えばまだ名も名乗っていなかったな。俺は黒蓮(こくれん)。鬼神だ。このあたりの山々に住む妖怪や神たちを治めている。」
(神、様…?)
 人ではないことは薄々気づいていたが、改めて本人の口から言われると反応に困ってしまう。
(何から考えたら良いのかわからないけど、私も名乗らなければ。)
「私は、雪月と申します。」
「雪月か。良い名前だな。お前の白い肌によく似合っている。」
「え、あ、ありがとうございます…。」
 名を褒められただけでこんなに恥ずかしくなるのは、相手が黒蓮という存在だからだろうか。
 しかし、当の黒蓮は顔色一つ変えず話を続け出した。
「では雪月。まずはお前の問いに答えよう。」
 見ず知らずの人間を助けて、黒蓮こそたくさん聞きたいことがあるはずなのに、安心させようと自分を優先してくれていることに、雪月は申し訳なさと嬉しさでいっぱいになった。
「えっと…ここはどこなんでしょう? 鳥居をくぐったところまでは覚えているのですが…。」