「お待たせしました。行きましょう。場所はどの辺りですか?」
「ここから遠くありません。」
 そう言うやいなや、猫又は雪月の手を引いて物凄い速さで走り出した。雪月は転ばないように必死で後をついて行く。
(勝手に釁隙から出てきちゃったけど、遠くないみたいだし大丈夫だよね…。)
 猫又が屋敷に来てから、ずっと部屋で鏡がカタカタと震え、今尚部屋で音を鳴らしていることに雪月は気がつかなかった。

(ここ…どこだろう。)
 想像していたよりも長い時間山の中を走り続け、雪月はかなり息が苦しくなってきていた。山を下ってしばらくするとどうやら川があるらしく、水が流れている音がする。
「あの…、お母さんがいる場所って…」
「もう少しです。」
 雪月が息を切らしながらそう聞くと、猫又は振り返らずに短く答えた。さらに進んで行くと、視界が開けた。月明かりに照らされた先には、洞窟らしきものが見えてくる。しかし、その周りには大量の彼岸花が咲いていた。時期でもないし、こんなところに群生しない。何か嫌な予感がして戻りたくなったが、猫又はしっかりと雪月の手を掴んでいてそういうわけにもいかなかった。
「あの洞窟の中です。」
 雪月が不安に思って話しかけようとした途端、猫又はまた前を見たままそう言った。
(何でさっきからこちらを見てくれないんだろう。)
 何かがおかしいと思ったが、雪月は手を引かれるまま洞窟へと足を踏み入れた。しかし、そう広くはない洞窟の中間地点まで来てみたが誰もいない。
 すると猫又は小さく肩を震わせながら雪月の方を振り返った。
「ごめんなさい…ごめんなさい雪月さん…っ。あたし、あたし……!」
「え、どういうこと…っ⁉︎」
 いきなり誰かに口元を塞がれ、体も拘束されている。抵抗も虚しく、自分を押さえつける力は全く緩む気配がない。
「おとなしくしてください。」
 囁かれた声は知らない男のものだった。すると目の前に、銀髪の男が現れた。その髪の間からは、煌々とした赤色の瞳がこちらを見つめている。
「牙鋭さま、やはりこんなの駄目です、あたし雪月さんを…」
「黙れ。邪魔するなら消えろ。」
「きゃあっ」
 雪月と牙鋭と呼ばれた男の間に割って入った猫又は、腕で軽く払われただけだったがその力は異常で、弾き飛ばされ洞窟の壁に強く頭をぶつけた。